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2017年5月 6日 (土)

「グローバリズム」、「グローバル化」と「英語」

Chemi1


最近本を読んでいると「グローバリズム」と「グローバル化」と言う言葉が沢山出てくる。

そして、実のところ10年くらい前から「看護婦」が「看護師」に代わったりその他色々な言葉狩りで昔からある言葉が変わってきている。

特に最近では、ヘイトとかの法律やLGBTとかいずれにせよ日本語でない言葉が入り込んできている。

歴史では、白村江の読み方がなぜか昔教わった「ハクスキノエ」ではなく「ハクソンコウ」になった。
この「ハクスキノエ」の呼び方は日本書紀にわざわざフリガナがふってあるところから来ている。
こういう昔の歴史書にある読み方を変えてくると言うのも妙なものである。



その「グローバル化」という流れに乗って大学に「グローバル学部」とか「国際学部」とかというものが数限りなく出来ている。

昔からその時の需要から「学部」が出来て良くて数年で陳腐化する。

思えば1970年代に情報工学科、情報知識工学科、情報処理科という様な学科が大学のみならず工業高校にも出来た。

これらはその後に文系の情報学部に変貌したりするが、その役目も終わったのではないかと思う。

振り返って、「グローバル学部」や「国際学部」というのは何をするのだろうか。

秋田の国際教養大学の様に、留学することを前提にした大学もあるが、所詮「教養」というリベラルアーツ、雑学である。
世に留学留学と言うが、留学して何を学ぶのか実ははっきりしない。

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日本化学会誌2017.5Vol70.5では、「論説」で冒頭
「わが国の国際化からグローバル化への課題」巽和行 著

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Chemi2



「日本社会の国際性の欠如やグローバル人材の不足に対する危機感は相当なものである。」と書かれている。
それでその「国際化は何をめざすのか?」の文面は曖昧な結論になって何も述べられていない。


この中で気になることは

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国際科学会議(ICSU)の総会で、学術雑誌の指標に反対するサンフランシスコ宣言の承認を議決する際。

 

「このような学術的に意味のない指標は欧米では大体無視されるのだが、アジアの国々ではきっと重要視されるのだろうね」という発言を引いている。

 

「国の政策にも、国際化の取り組みに初歩的であまりにも低次元な国際化プランが含まれている。

 

優秀な外国人教員の採用や留学、国際共同研究の推奨など、何か遠い明治政府の、しかも明治初期の開国当時の政策を見ているような気がする。」

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実のところ、日本の大学では外国人は直ぐに教授になれるのに日本人は成れないという。
こういうところに倒錯している「グローバル化」を見ることが出来る。

そして、そもそも国連などが日本に勧告してくる女性問題、性の問題などはキリスト教国の思想そのままである。

聖書に見られるように、キリスト教などは一神教で女性の神様はいない。

それどころか女性に教育を施すのはいけないとか、人間扱いしていないと言うのが事実である。
日本は、多神教であり女性の神様がいて欧米とは違う。

LGBTと言っても、戦国時代の織田信長や小西行長などみんな男色家で、その事実がしっかり残っている。
確かキリスト教では、こういうことは禁止だったような気がするのだが文化の違いである。

それで「わが国の国際化からグローバル化への課題」に戻ると・・・・

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「国際化は何をめざすのか?」の項で
1)
スウェーデンやオランダのように、市バスに乗っても街角で人に話しかけても言葉(英語)が通じ、外国人訪問者が不便なく親しみを感じる社会にするのか」
と書かれているところがあって、

「グローバル化に向けて」で
「段階1)の達成には中学・高校の英語教育の改善に委ねるのが望ましい。」
「そのためにはまず、社会や家庭に英語が本当に必要であると認識してもらうのが前提になろう。・・・・」

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だんだん書き写してきて腹が立ってきたが、要するにこの人は「グローバル化」という
国境のない国にしろというわけである。

しかし、日本は日本語によって日本の良さを醸出しているのであり、日本の文化によって外国人旅行者が日本語を学ぼうとしたりする。
英語になったら、国柄などなくなるだろう。

そして、思うのはなぜ「スウェーデンやオランダ」なのかと言うことである。

フランスでは、フランス人は頑として英語は話さないし、移民を500万人も入れてしまった。

グローバル化とは、移民国家でもあって、著者が外国人として描いている「紅毛碧眼」の白人がいたとして、英語を話すかどうかは分からない。
ペルシャ語かもしれない。

グローバル化とは、無政府国家であって英語が話せることがグローバル化ではないだろう。
そもそもあと数年で、スマホで外国人と会話が出来る時代になる。

そして「グローバル化」もどうなるか分からない時代にもなると言うものだ。


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