書論・公募展・前衛書を書くためには?
書にはお勉強のための書写という「書」がある。
ここで「芸術としての書、創作の書」を「書道」として、他を「書写」と定義しておく。
世間一般には、この「書道」と「書写」の区別がほとんど付いていない。
書写とは、文字そのもので教科書にある手本をそのまま写す。
高校生ぐらいになると少し高度になって、古典の臨書、特に楷書などを書いたりする。
それが「書道」になると一転して「創作書道」になる。
ここでの高校の臨書から「創作書道」の過程は飛躍していて繋がらない。
特に毎日書道展などの公募展に出品すると間違いなく落選になる。
臨書というのは、西林乗宣先生が言われるように人によって「解釈」が違って異論が多くあるという。
もし臨書なら、創作的な臨書というのが良いとは言われるが公募展には適さない。
それで公募展だから直ぐに創作で書けと言われても誰も書けるものではない。
そう言う場合の初心者は、先生が一生懸命手本を書いてくれてそれを書き写す。
これもいわば書写のようなものだが、問題は正解がないと言うことである。
ある先生が師承の横堀艸風先生に条幅の手本(漢字)を書いて貰って、そのままを写して持っていったら全文朱墨で真っ赤になったのを見たことがある。
それで次に直して貰った通りに書いていったら、また全く同じ。
結局、自分で考えて書いて持っていったらそのまま通ったと言う話がある。
それで伝統書なら手本があるから良いが、前衛書だったらどうすべきか。
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前衛書を書くためには
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前衛書を書いてきた作品を見るとほとんど例外なく黒い線で何やら読めない文字を書いてくるか、淡墨でよれよれの線を引いてくるかである。
もともと開祖の横堀艸風先生の作品も知らない世代なので、横堀風のみじんもない。
前衛書は、半紙に書くわけではないから紙面をそれなりに埋めなければならない。
それで、淡墨や濃墨で線を引くというのがどう言うことなのかと言うことが分かっていない。
書を習い始めた頃は、楷書から始めた筈である。
それで楷書の条幅作品を書いたのかと言えば、定かでない。
それをいきなり行草体で条幅作品を手本なしに書いて、上手くかけるわけがない。
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そんなことをやっているのが、内の社中の県展公募レベルの「前衛書を書いてくる人たちの多く」である。
書というのは、古代中国からの成り立ちで、国家の公式文書や永久に残したい碑文は全て楷書で書かれている。
何時の頃か、行草体が先で最後に楷書体が作られたという誤った話が伝わったことがある。
しかし、その「楷書体がなかった筈の時代」、その頃の碑文に楷書体があるからその説は論破されている。
行草体というのは、手紙などの私文書である。
私文書であるから多少崩れていることもあって、それが芸術性で楷書体よりも増してくる。
それで現代中国の書を見ると、書は教養であって芸術ではない。
従って、多くの文字を書く方がより勉強をしているから評価が高いという。
しかし、現代中国というのは100年も経っていない。
その前の清朝はどうかと言えば、「女真族」の一派満洲族による征服王朝で、満洲語を第一公用語にした。
第二公用語は、元王朝からの共通言語のモンゴル語である。
こういう時代を経てしまっているためにモンゴルの征服王朝である元王朝(公用語、モンゴル語)以前で漢字の文化がある程度止まってしまっている。
こういうローカルな文字となってしまった漢字と言うのが真実である。
いずれにせよ「行草体の条幅作品」なら、そう言う文体の強弱という日本こらいの伝統が入り込んでくる。
それならその法則に従う必要がある。
それが出来なければ、楷書の条幅作品というもともとの基本に戻れば良いのである。
楷書の条幅作品なら紙全体に書かれる。
紙全体に隙間なく前衛書としての墨を入れて行けば良いわけで、毎日展ではそう言う作品もある。
要するに前衛書は、紙全体に黒く墨を塗りたくるというのが基本である。
その上に立って、余白や線などを使っての「行草体の条幅作品に通じる」作品になる。
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振り返って、横堀艸風先生はどんな作品を書いていたか。
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比喩でいうと「どこにもいない青い鳥」である。
艸風先生の作品は、懐に「青い鳥」がいて、それをパッと放してその姿を写し取るというもの。
その青い鳥は見る間に飛び出すものの、一瞬で消えて見れば元に戻っている。
それで艸風先生の弟子の作品はどうか?
残念ながら「青い鳥」はいない。
だから作品の中にも当然「青い鳥」はいないで、時として籠だけが残る。
止まり木なんか書いても仕方がない。
正に空虚である。
筆者小生はどうかと言えば、同じように「青い鳥」なんか飼っていない。
飼っていないから、飛ばしようがないので、背中にいる自分の分身をひょいと放り投げて何とか描く。
しかし、最近その分身も毒を食らって体重が増して重くなったから、「ひょいと放り投げた」と思ったら足下にドサリと落ちたりする。
要するに最近は、落ちた「分身」を何度も投げる仕草をするものだからろくな作品は書けない。
さて、ここのところの「青い鳥」とは何かと言えば「作者の心」である。
書は作者の心の反映、投影がなされていないものは、どんなにデザインがよくても駄作である。
この心が入るというのは難しいもので、師承の作品そのままに優れた書を書いても「心」は当然入らない。
古い自分の作品を顧みると、30歳代、40歳代の作品は「早く空に飛び出したい」心境を表していたし、50歳代は「空虚な世界を冷静な第3者の目で見下ろす」だった。
そして、60歳代は「もういっぺん飛び出そうとしたら、躓いて足下に落下」または「力不足で飛び出せなかった」というふうに見える
前衛書というのは、実に難しいものである。
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