「学童保育」や「無料学習塾」は貧困化のサイクル??
読売新聞に「安心の子育て 学童保育」と言う記事が「くらし」欄に連載されている。
この学童保育というのは、どこかで聞きかじったかもしれないが経験したことはない。
今調べてみたら法制化されていて、「放課後児童支援員」と言う専門資格が2015年に新設されていた。
言われてみれば昔の新聞記事に小学校が終わってからそのまま居残って、近所の年寄りに見てもらうというのがあったような気がする。
自分の子供ではどうだったかと記憶をたぐってみても、そういう学童保育ということは思い当たらない。
この保育園の延長のようなものは、保育園と同じで「スタッフ不足、低賃金が原因」とあった。
「解説」で「足りぬ保育士 争奪戦」と言う記事があって同じ構図である。
地方紙では、「学びのカタチ」の特集で学童保育ではなく放課後の学習塾「無料指導・学ぶ権利 誰にでも」という変な記事があった。
こちらは「格差と機会」の項目なので「学童保育」とは違った視点である。
こちらの無料学習塾は、ボランティアで会場も一定せず次に「資金 人材確保に課題」とあって「無料」という限界が出現している。
連載後半、学習塾になり月額5万円以上の学習塾などの出費、最終的に就学前の幼児教育になってしまうのでなんだか分からない。
このように学童保育のような話が、無料の学習塾から最終的に高額な学習塾に変わってしまうのは妙な話である。
無意味な正論を言えば、「学習塾ではなく学校でもっと良く教えるべきだ」というのがある。
実際大昔はそうだったし、家に帰ってきて教科書をよく読めば参考書を買わなくてもみんな分かった。
親に教えてもらえた?
親は戦前教育だったから全くと言って役に立たなかったのがその昔である。
その後のゆとり教育で、教科書は薄くなって教科書だけでは全く分からない。
実のところと言えば、中学受験をするのでなければ塾も必要なかったし、うちの子供も小学生時代は普通の塾に入っていない。
ところが、週刊誌誌上ではお受験という「小、中学校受験」というのがある。
この場合は「学童保育」とは真逆で、親は付ききりで塾の送り迎え自宅での予習復習に費やす。
以前に中学受験で灘校、麻布、開成など何校も受験するドキュメンタリーがあった。
その親の頑張りというのは異常としか思えないが、うちの子だったら多分燃え尽きて駄目だっろうと思うくらいである。
この子供たちが将来東大などに入って官僚になったり、大企業の役員になったりして今の文部科学省の役人になったり末恐ろしい。
いずれにせよ地方紙で「格差と機会」なんて述べているが、「学童保育」や「無料学習塾」と言う時点で既に格差が付いている。
こんなことを書いている地方紙の記者だって、「格差を体現している」みんな「早稲田大学出身」だろうと突っ込むのは置くとして何となく変だ。
何か「学童保育」や「無料学習塾」は、学歴という一生どこかについて回るブランドとは異質な気がする。
エスカレーター式に有名大学に入れるところだと、「小、中学校受験」で半分終わる。
難関だった中高一貫校に入学しても、地域の偏差値70の高校に入学してもある一定の割合で必ず落ちこぼれがある。
この中学受験を経験したりして、最終的に義務教育と高校の集大成として大学受験がある。
だからここで上手く志望の有名大学には入れるとは限らないのが現実。
こういう大学受験までの12年間どういうふうに子供と接してゆけば良いのかというのか親の務めだが、結果はどう帰ってくるのか分からない。
ちょっと話題が逸れたが、子供が小さいときは子供に手を掛ければ必ず成果があると思っていたことがある。
これは半分正解であった。
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