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2017年7月16日 (日)

「アキラとあきら」 池井戸潤 (著) を読む/Read "Akira and Akira" Ikeido Jun (Author)

Nikon11720


 

  (WOWOWで公開されている程度のネタバレあり)

  (It refers to the contents of the novel to the extent that it is published at WOWOW)


「アキラとあきら」は、WOWOWの連続ドラマW「アキラとあきら」が公開されるにしたがって単行本になった小説である。

WOWOW版を見たところ、「昭和61年4月、メガバンクの産業中央銀行の新人研修が行なわれていた。」と言うことでバブル直前の銀行員からスタートしている。

しかし、小説では冒頭から二人の子供時代の偶然の出会いや境遇などを説明している。

これが銀行員になってからの行動の伏線なのだが、いろいろと違和感がある部分が多い。

前半は「山崎瑛」の小学校時代なとが中心で、伊豆から磐田市へ移りその後地元の公立高校へ進学する。



その高校というのが「磐田西高校」。

特に進学校とは述べていなくて、就職が10人に満たないという評価がされている。

実はこの「磐田西高校」というのは実在して、偏差値52という28年度では国立大学に5人。
普通科と総合ビジネス科の併設学校のために就職48という高校。

その高校から東京大学経済学部に進学したのが「山崎瑛」。

磐田なら進学校の偏差値65「磐田南高校(理数科・普通科)」があるとはいえ東大には1-2名入ればよいほうで2017年度は0.

要するに「磐田西高校」なら学校始まって以来の秀才のはずなのだが、野球部というのだからますます現実味がない。

その高校に小学校からの同級生「三原比呂志」が在籍し、東大に行く生徒がいるような進学校に転校生の「北村亜衣」が来るのも不思議。

というのは、高校は義務教育ではないから容易に転校生は受け入れない。

受け入れるにしても定員に余裕があって、試験があって優秀でないと入れない。

だから大人になって出会う「北村亜衣」のその後の経歴というのも小説には出てこない。

---------------この部分はおかしいと思ったのか、WOWOWでは中学校の設定。(第2話)

しかし、俳優、女優は中学生には見えないし、中学生でゴルフはやはり設定が合わない。

この2話(7/16)で、
北村亜衣は成長して女医になっている。

三原比呂志も証券会社社員。

みんな小説にはないことだ。

Nikon11721


池井戸潤の小説では、女性の描写というのは余りなくて、その人物の説明というのも詳しくない。

例えば「花咲舞が黙ってない」シリーズの「花咲舞」にしても素性が全く分からない。

銀行員だが、一般職か総合職なのか職種も分からないし経歴も背格好も不明。

この「アキラとあきら」では、実のところ二人の主人公「階堂彬と山崎瑛」が東大経済学部の異才で産業中央銀行に「三顧の礼」をもって迎えられたことぐらいは分かる。

その後に重要な役目をする幼なじみの三原比呂志も分からない。

大学生時代を知っているぐらいだから同じく東大?と連想されるくらい。

その東大も経済学部で商学部のような簿記会計を学んでいるかと言えばどうも妙な話。

階堂彬と山崎瑛が産業中央銀行に入行後にバブルが来て、他の行員が「高額の融資をして投資信託」を買わせるという事例が書かれている。

バブル経済というのは当時の大蔵省が「総量規制」という行政指導発令と共にはじける。このバブル経済のあとのことが書かれていない。

この「高額の融資をして投資信託」は、バブルがはじけたあとで「リスクを説明しなかった」と随分裁判沙汰になって、一部では銀行が値下がり分を払わされた。

こういう部分が書かれていないので、何となくいつの間にバブルがはじけたのという話になる。

その他相続問題など何となく詰めが甘く、階堂彬が東海郵船・社長・階堂一磨の遺言で東海郵船の全株式を譲られたとき、

相続税はどうした?

と言う突っ込みは必要だろう。

最後の融資案件の稟議も全て希望的観測が多く疑問。

バブル期に作られたリゾートホテル+ゴルフ場というのは、その後軒並み潰れたはずである。
なんとか生きのびだ施設も、今では太陽光パネル設置場所になっていたりして現実は厳しい。

だから小説「アキラとあきら」は、なんか腑に落ちないなと言う印象が強い。

That's why the novel "Akira and Akira" has a strong impression of saying something is not understood.

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