考えてみたらあっという間の10年とは行かず、6-7年
2018年6月21日プリンターで印刷しようと思ったら、何やら紙が詰まって印刷できなかった。
プリンターはもう7年くらい経つ古いBrotherの複合機で、FAXが既に壊れてプリントできなくなったら廃棄しようと思っていたもの。
こういう業務用とも家庭用とも付かないものは「廃タンク一杯」とかの表示は出ない。
いよいよダメかと思っていたら、この前にベイシアで買った薄くてすべすべした用紙に代えていた。
この時期湿気を含むと薄い紙はヨレヨレになることを思い出して、厚めの紙に入れ替えたら問題なく印刷できた。
少し前から言っているように今年は、身体を含めていろいろな問題点が発覚して、機器は順次買い換えたり、買い増したりしている。
考えてみたらあっという間の10年とは行かず、6-7年と言うことだろう。
買い物や何かの用事でそばを通る中学や高校は自分のことではなく、子育てで嫌な思い出ばかりだとはいうものの、お陰で女房殿は性格がかなり円くなった。
もう既に高校も進学も大学入試も関係がなくなっても、駅前の高校生を見ると苦い思い出が蘇るというのは困ったものである。
歳をとれば昔のことばかり思い出して、随分ときわどい道のりを通ってきたと戦慄することもある。
ここで一歩間違えていれば今の自分はないわけだが、不思議とそちらへ行くなと言う思いがあった。
中学の時にどう言う訳か担任教師が自分で考える「標語」を書けと言われたことがある。
その時に書いたのが何を思ったか「最善をつくす」だった。
「最善をつくす」と言ってもできないことはできないし、それなりの能力というのもある。
中学時代は、自分の能力の限界が分からず高校に行くにつれて「バカ」になって、大学に入ってやっと限界というものが分かった。
教科書を一目見て全文暗記するということはできないし、訳の分からない数式をみて算数の簡単な公式のように数値を当てはめて答えを得るのも限界。
他人に後れを取るという感覚はなかったものの、何となく限界を知ることになる。
この自分の能力の限界が分かれば、その小さい能力をどういうふうに使うかとしか考えられない。
それと同時に違う能力はありはしないかと常々探してゆくことになった。
いわゆる学校時代に必要とされている能力の限界というのは分かったが、違う部分はまだ未知のところがあった。
そのひとつはなんだったのかなと思っていたところ、娘が難しいプロ用のパソコンソフトをマニュアル無し、または簡単なマニュアルだけでに使いこなしていたりしてそんな部分もあったかと思う。
それても歳をとったから能力が落ちるというわけではないとは、どこかの本で読んだがなるべくそうしたいものである。
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