運営スタッフから見た過去と「第55回単位認定書道芸術院講習会」
伊香保温泉・天坊で開催された「書道芸術院講習会」は、過去2回今年で3回目になる。
自宅も3回建て替えると良い建物が出来ると言われている。
それでスタッフとして3回目になる先生が多く残っている「第55回単位認定書道芸術院講習会」は希に見るほど完成度が高い講習会になったと思う。
過去の「書道芸術院講習会」を調べて見ると、筆者の記事で「(財)書道芸術院単位認定講習会‥in伊香保温泉その2(2006-08-21)」というたわいもないことが書いてあるものがある。
それには「地獄の特訓ならぬ‥‥」とあって、全く経験がない分野でもいきなり作品を作れと要求されるシーンがある。
書道の指導者として、それくらいの基礎はできているということなのだろう。
それはそれとして伊香保温泉・天坊での最初の「書道芸術院講習会」は、24年前の平成7年(1995)であったように思う。
13年おきの26年前かと思ったらそうではなかった。
まだ審査会員が少なかった頃で(新)審査会員でも直ぐにスタッフになった。
このとき、書道芸術院の先生方を高崎駅に迎えに行ったことを覚えている。
運営側も初めての会場で、大広間の「五万石」の部屋の「畳の間」の設営でどうするのか思案して、建築用の養生紙を貼ることになった。
これが実は大変な作業で、畳1畳分の養生紙を一枚一枚ガムテープで貼る。
しかし、貼る側から剥がれ、破れ、会場作りは進まず夕食後も作業して翌日を迎える。
講習会が始まっても、養生紙は安定せずその都度補強する有様だった。
記録係の写真は、まだフィルムの時代でコンパクトデジタルカメラさえ出ていない。
室内であるので、まともに撮れていなかったまではないかと思うが記憶にはない。
平成7年(1995)は、父が亡くなった翌々年で春に母が脳梗塞で倒れている。
平成8年(1996)10月に長女が生まれ、平成12年(2000年)10月母が亡くなるまでの混乱期であった。
2回目の単位認定書道芸術院講習会は、ブログ記事に残っているとおり平成18年(2006年)。
当時、書道芸術院秋季展の(運営)委員をしていて、講習会前日は東京の貸事務所の1室で秋季菊花賞の審査に立ち会っていた。
審査終了後に前橋の自宅に帰り、4時過ぎに伊香保温泉・天坊へ到着したら当時の事務局長・千葉蒼玄先生のワンボックスカーが先に来ていた。
恩地先生以下は千葉蒼玄先生の車に乗ってきたので、前回の送迎などはなかった。
第2回目の会場設営は、農業用のビニールシートを活用することになってこれは非常に上手くいった。
2回目になればやはり失敗はない。
「原拓書道史」ではもう手に入らない貴重な拓本が展示される。
これは展望風呂が改装された大広間で行った。
しかし、大広間といえども拓本を全て広げると狭い。
拓本を踏みそうなる危険を孕んでいた。
実を言えば、このときから天坊では天然温泉になっていた。
伊香保温泉というのは、確か木暮旅館が源泉を持っていて随分前から水量が減り他の旅館へ分けなくなっていたらしい。
その後に新しい源泉を掘り、水量も十分なので今では全て天然温泉になっている。

PCショップ20周年記念【目玉商品】マカフィー リブセーフ 3年版

【受賞記念特価】AdGuard Premium(アドガードプレミアム)」
1日一回クリックお願いします。
Please vote.
*************************************
ブログランキングに参加しています。
Please vote. 
人気ブログランキング
| 固定リンク
「書道家のお仕事・書論など」カテゴリの記事
- 多賀城碑 残照(2025.09.26)
- 70歳の壁と令和7年正月と年末の準備(2024.11.18)
- もう群馬大賞展の通知(2023.12.28)
- 令和5年度・書道芸術院創立記念日・講演会(2023.11.30)
- 11月は年賀状の季節の到来(2023.11.11)






















コメント