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2022年9月 9日 (金)

深夜放送の幕開け・パックインミュージック02・小説Syuunの不思議な少年時代41・1967年(昭和42年)

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深夜放送の幕開け・パックインミュージック02・小説Syuunの不思議な少年時代41・1967年(昭和42年)

★パックインミュージック(1967年7月31日から1982年7月31日)事件・前哨02。

「誰がために鐘は鳴る」のDVDは今では110円で手に入るようになった。

1937年とDVD冒頭にあるようにスペイン内戦の物語。

映画の説明とは違い、同じく冒頭に共和国政府軍将軍(司令官)が登場する。

小説を読むよりDVDを見た方が簡単とはいえ、こういう映画というのは作られた時期(1943年)ではまだ歴史になっていない。

従って、分かりきった背景というのはバッサリと切られている。


戦後すぐにインドシナ戦争としてアジア各国で独立戦争が起こり、朝鮮戦争などをかわきりに延々と戦争が続いていた。

ベトナムではフランス軍の再進駐とフランス軍の敗退がある。

フランス軍に関しては、ベトナムからの撤退とすぐ続いたのがアルジェリア紛争(後に独立戦争と改名)。

このアルジェリア紛争(当初の名)の実話を基にした映画「Lost Command」日本題名「名誉と栄光のためでなく」が前年の1966年に公開されている。

60年安保の直前にラジオで毎回放送されていたニュースがアルジェリア紛争だった。

1950年代では家庭にテレビはなくニュース映像は、映画ニュース(映画を見るとニュース番組があった)が存在した。

この映画ニュースでは、60年安保の映像を繰り返し流していたもののいつの間にかなくなった。

それは1964年の東京オリンピックを前にしてテレビが家庭に普及したからである。


そして第35代ジョン・F・ケネディアメリカ合衆国大統領になった頃からベトナムの紛争が激化した。

1963年11月ゴ・ディン・ジエム政権がクーデターにより失脚と直後のケネディアメリカ合衆国大統領の暗殺。

ジョンソン政権により1964年には、米軍が本格的なベトナム戦争に介入。

戦争というのは延々と続いて、ただ日本が直接関係しないだけだった。

以前に述べているように1966年には中国で文化大革命が起きている。




その一方、戦後ベビーブーム世代直下の昭和26-27年生まれ、1967入学の前高1年生には厳しい時代であった。

前橋高校1年の時、今あらためて記憶を呼び起こしてみると多くの事柄の幕開けが感じられる。

しかし、当時放課後の部室や学校内でうろうろしていると常に「大学に行けないぞ」と教師に脅されていた。

しかもそう言う教師の帰宅の早いことは生徒以上。

放課後すぐに職員室になど誰もいない。

生徒による伝聞だと、「塾があるから早いんだよ!!」とか??

桐生から期限を限って特別に呼ばれていたと噂(うわさ)される旧高等師範出身の森先生は、当時発売されたばかりの日産サニー1000でさっと帰ってゆく。


このころの教師のほとんどは戦前又は戦後直後に大学を卒業していて、戦争に行ったことがあるくらいの世代も多かった。

夏休みの宿題に「作文」を出した現代国語の亀島先生は、「俺は東大だ、東大卒業だ」とそれが自慢の先生。


その亀島先生は戦前、東京帝国大学卒業後幹部候補生で少尉になって南方の島の守備隊についたという。

その島は米軍が攻めてこなかったので大きな戦闘はなく、8月15日の朝に島の司令部に集合の命令が下ったという。

何となく「終戦だろう」と准尉と話しながら車に乗って司令部に出かけて「玉音放送」を聞いた。

亀島先生は「分かりにくかったが、何となく終戦だと分かった」という。

しかし、聞いていたほとんどの兵士が何を言っているのか分からなかったのではないかと述懐していた。

帰りは、車を置いて徒歩で帰ったとか。

島の分隊指揮官として大きな声も出せないし、ろくな指揮もできなかったけれどむちゃなことはしなかった。

それで「戦争が終わった」後に指揮下の兵士に大いに感謝されたといっていた。

軍隊にいってよかったことは、大学と言えば西(の京都)に1つあるだけと思っていたという。

しかし、慶応や早稲田の出身でも優秀やヤツがいると言うことが分かったことだった。

(今では当たり前だが戦前の感覚では、大学は帝国大学だけが大学という感覚だったのだろう。)


亀島先生によると東大卒の初任給は50円、私大だと40円だったとか(昭和初期)。

戦前では旧制高校を卒業しなくてはならず、大学卒というのは非常に少なかった。

小生の父のように立教大学卒(旧制高校は明治学院卒)であっても、大企業に幹部候補生として入社している。


当時の女性事務員の給与がおよそ10円だったから、月給50円というのは今の価格として約100万円。

従い、大卒だと初任給で年収約1,000万円と言うところだろうか。


その亀島先生は、戦後は朝日新聞の記者をしていたという。

それが将校だったのでパージにあって退職し、その後に教師になっていたわけである。

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当時の進学校の生徒というのは少ない国立大学(学費12,000円)を目指すために、「赤尾の豆単」でも何でも飛びついた。

以前に述べたように私立大学の高額な学費・学債・寄付金を払える家は少なかった。

だから大学受験に有益と思われれば先に紹介した「高校の夏期講習」のように何でも挑戦した。



そして丁度このころ文化放送で「大学受験ラジオ講座」(数学、英語など)が夜の10時半~11時半まで開講されるようになった。

しかし、当時の群馬では文化放送というのは電波状況が悪く、そのために雑音で昼間はほとんど聞き取れない。

この夜の10時半~11時半になっても半分聞き取れないことも多かった。

だからこの講座のテキストも買っていなかったくらいである。

文化放送ではこの「大学受験ラジオ講座」の前に、大学受験には全く役に立たない「百万人の英語」という講座が20時頃にもあった。

当然まだ早い時間なので文化放送は雑音で聞き取れない。

まともに聞こえるのはNHKとTBSラジオだけだった。

その半分聞き取れない「大学受験ラジオ講座」も内容が薄く単なる時間潰しか気休めにしかならなかった。

理由は国立大学受験なら内容が易しすぎ、私立大学受験なら試験傾向が違うため当然役に立たない。

今にして思えば「大学受験ラジオ講座」の対象受験生はどの階層だったのかと思う。


その文化放送の「ラジオ講座」が終わるとすぐに「本日の放送は終了します。」と単なる雑音になってしまう。

そこでまだやっているTBSラジオに回し、12時(24時)になると「本日の放送は終了します。」 で終わる。

これが1967年の夏休みの始まる前後のことである。


 

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