杉浦非水展(近代美術館)と昭和レトロ
6月13日、前橋長瀞線「綿貫工区」が開通したという記事が地方紙に載っていた。
それでいつも渋滞で時間がかかる群馬県立美術館・群馬の森まで行ってみた。
「綿貫工区」というのは、群馬の森手前100mくらいまでのようであと少しという感じであった。
群馬県立美術館に行ったのは招待券をもらった「杉浦非水・時代をひらくデザイン」展のためである。
(会期4月22日~5月21日掛け替え5月23日~6月18日)
杉浦非水(1876~1965・享年89歳)の明治後半から大正期の本のデザインなどは、昔どこかで見たことがある様な図柄であった。
代表作の1つである「三越呉服店 春の新柄陳列会」(1914年・大正3年)には妙齢の女性が描かれている。
三越がデパートになった初期という説明であった。
三越がデパートになった時に、こういうどこかのお嬢様のような妙齢の女性が店員になった。
そのデパートの店員は当時憧れの職業で、特に「レジ係」というのはそういうお嬢様方の美女のトップが選抜されたという。
そしてその19年後に旧制専門学校を卒業した母が髙島屋の店員(19歳)になった。
店員のランクは、三越-髙島屋-松屋だったという。
母は、選抜された「レジ係」の候補3人に選ばれそのトップがレジ係についた。
そのレジ係の店員は3か月もすると寿退職して、2番目のお嬢様に代わった。
2番目のお嬢様も数ヶ月で寿退職。
今度のレジ係は自分だと思っていたところ、突然新規採用でどこかのお嬢様がレジ係についた。
松屋だったら問題なかったろうとは母の述懐。
そして4年も経過すると同期の店員は誰もいなくなったそうだ。
三越のポスターを見るとそんな昔話が思い出される。
この杉浦非水氏というのは昭和4年に武蔵野美術大学のデザイン科に関わり、10年に多摩美術大学の創設とそのデザイン科の教授等を担っている。
又代表作の1つである「東洋唯一の地下鉄道 上野浅草間開通(1927年昭和2年)」では、遠方の和服姿から近影の洋装
(モダンボーイ・モダンガール)スタイルとデザインされている。
杉浦非水の夫人は翠子(すいこ・本名翠)という歌人で、映像や写真がある。
夫人は、川越の名主の分家筋で、杉浦非水自身も杉浦家の養子になっている。
全身洋装の翠子夫人や大正時代にフランスに留学する杉浦本人など、何となく当時としては違和感があるような気がする。
正式の場面では女性はまだ和服が主流であった1964年(39年)。
この東京オリンピックを境にして、あっという間に日本は変わったと思う。
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