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2025年9月14日 (日)

D'Artagnan物語・三銃士Ⅰ 第9章 第2部二十年後(マザラン枢機卿暗殺計画)

D'Artagnan物語・三銃士Ⅰ 第9章 第2部二十年後(マザラン枢機卿暗殺計画)


(マザラン枢機卿暗殺計画1)

 三銃士・ダルタニアンも第二部(二十年後)から影が薄くなる。

 それは、銃士という単なる兵隊の世界から政治の世界へと話が移行するからである。
 そして又銃士は「親衛隊」である事を再認識しておかなければならない。
 しかも貴族出身者からなる重装備の軍隊である。

 軍隊の位置づけからすると今ではCommand部隊、グリーンベレー などの特殊部隊に相当する。
 従って普通では困難な任務に従事しあらゆる戦争の先頭に立って活躍した。
 騎兵のように騎馬に乗るが、騎兵のカービン銃(銃身の短い軽量連発銃)の様な軽量な武器ではなく竜騎兵のように重装備である。
 そして騎馬でも徒歩でも戦う突撃隊である。
 ちなみに、騎兵(重装騎兵・軽装騎兵)…は今で言えば機甲師団であり決して下馬して戦うことはなかった。
 下馬して戦うのは竜騎兵…竜騎兵は騎馬で出撃し戦うときは歩兵として戦う。
 …今で言えば空挺兵のようなもの。
 擲(てき)弾兵(歩兵)…は歩兵の中の優秀な者がなり敵中深く入り込み爆弾を投擲する。

 又、フロンドの乱に登場する大砲は曲射砲ではなく最大角度に向けて撃つものである。
 水平に砲撃出来る曲射砲はNapoleonの登場まで待たなければならない。
 尚、Napoleonは砲兵であり、砲兵というのは非常に誇りが高かった。
 Napoleonは自身で人間測離器と自称していたくらいである。

 さて、親衛隊とは後のNapoleonの親衛隊やHitlerのSS(Schutz Staffel)と何ら変わりはない。
 司馬遼太郎の長編小説「妖怪」に登場する幻戯師「唐天子」に言わせれば、「軍隊は自然力である。」と定義する。
 即ち軍隊の中の一個人兵士は感情を持たない。
 只命令に従うだけである。
 この軍隊の兵士の意識を極端に高めたものが「親衛隊」である。

 特に、Hitlerの黒衣部隊・武装SSは強制収容所看守からその端を発している。
 即ち、人間としての情や感情を持ち合わせている様な人間、手心を加えるような人間は徹底的に排除された。
 そして、そのような人間的な人物は逆に強制収容所の囚人になったのである。
 このへんは江戸時代末期(幕末)の新選組に似てくる。

 さて、三銃士の登場する銃士がSSの様であると話が続かない。
 と言うよりダルタニアン以外銃士という軍人の身分を捨てて一貴族として活躍しているのである。

 第3巻最後にダルタニアンとポルトスは多勢の敵に無謀にも突撃して行くことになるが、愛馬を乗りつぶした上、他人の馬を奪ってまでも追撃した。
 結構無情ではないか。


(マザラン枢機卿暗殺計画2 実行)

 ボーフォール公を中心とする反政府派は、時を移さず迅速に行動を開始した。
 マザランがルネ・ド・ロングーユの晩餐会に招かれたのでその道すがらを襲撃をしようと言う計画である。
 ヴァンドーム公や、ギース公の一党、シュヴルーズ公爵夫人らは宮廷がラブレター事件で二つに割れていることを利用してクーデターを実行しようとしたのである。
 
 即ち、マザランを暗殺することによって摂政アンヌ・ドートリッシュを脅し政権を奪取。 そして別の人物・シャトーヌフを宰相につけ前宰相リシュリューの政策を変更させることを目的としたのである。
 反政府派は刺客を準備し99%確実に抹殺できる手筈であった。
 事実100%実行出来たであろうと思われたが、ご存知のようにマザランにはまだ命があった。
 見張りはマザランが四輪馬車に乗り込むのを確認した。
 しかし、その馬車に前王弟オレルアン公爵が同乗してしまったのである。
 ルネ・ド・ロングーユの晩餐会は美食であることは有名であった。
 これを前王弟オレルアン公爵が見逃さなかったからである。

 従って、急遽暗殺を中止せざるおえなくなった。
 当然オレルアン公爵を暗殺するわけにゆかなかったからである。

 暗殺の中止は、直ぐに漏れる。
 マザランの秘密警察は即座に反応し、マザランの命によってボーフォール公の逮捕。
 ヴァンドーム公の一味のパリ追放、シュヴルーズ公爵夫人のダンピェールへさらにアンジーへの追放。
 シャトーヌフ、ポティエ司教の追放などとなった。
 宮廷内では、最大勢力であった反政府派は一瞬の間に一掃されマザランの権力が確定したのである。

 さて、ここで残された人物がいる。
 即ちギース公とモーリス・ド・コリニーである。
 モーリス・ド・コリニーは、歴史書を紐解くとロングビル公爵夫人の愛人である。
…と書かれている。
 しかし、このコリニーはロングビル公爵夫人と自分の名誉を守るために1643年12月ギース公に決闘を申し込んだのである。
 ご承知の人もいるかもしれないが、このギース公というのは決闘にめっぽう強い。
 敢えて言えば決闘に関しては小説のモンテクリスト伯のような人物である。
 当然モーリス・ド・コリニーはついていなかった。
 片腕に受けた傷が元で5か月後に死んでしまったのである。

 以上がヴァンドーム公が監獄に幽閉されるまでの説明である。

2025年9月14日

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