本 書評など

2017年4月18日 (火)

「男女別学を問う」群馬県立前橋高校は共学化にならない

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「男女別学を問う」という企画で1週間ほど前に上毛新聞で高校の共学化などの記事があって、1週間ほど連載された。
群馬県は、終戦後に旧制中学、高等女学校が新制高校になったときに共学にならなかったところである。
一般に関東以北の高校は、別学が高く群馬県は全国一の別学率が23.5%で、次いで栃木の18.6%、埼玉の8.5%と続くと書かれている。

別学といっても、高度成長期から高校進学率が高まると供に新設校が多くなり別学というのは伝統校だけである。
私立高校は、全て共学になっているとはいえ、やはり伝統校で元々女子高だったところは男子生徒の率が低い。
元々女子高というイメージは中々消えるというものではない。

それでこの企画の冒頭に群馬県トップの前橋高校(男子校)のことが載っていて、この通称マエタカを共学にする話かと思った。
そう言う話は、20年以上の前に立ち消えとなってもはや話題になると言うこともない。


その理由は後半述べるとして、その昔の前橋高校というのは入学してとんでもないところだった。
今は、高校の学区は全県一区なので県内のどこからでも入学出来る。
しかし、当時は前橋、伊勢崎市とその周辺隣接区域だけだった。
一学年432人、一クラス48人。現在定員320人。

この48人中の40%強は伊勢崎地域、10%強はその他の地域で前橋は半数と少し位であった。

このどこの中学からでも学年トップクラスが入学するから、世の中勉強が出来ても優等生とは限らないのだとつくづく思ったものである。
それが学年を経るうちにおとなしくなる。
これが実はおとなしくなったのが、自分たちだけのグループだけになって排他的な環境を作ったのかは分からない。
事実として、特定の人しか話さないというグループも出現する。
「バカは俺たちの仲間ではないとか」



前橋高校の第二校歌に「バカ隠居(員教)」という言葉がある。

昔々からいい伝わってきた第二校歌という数え歌で、今では状況にそぐわなくなってきたからどうなったのかは分からない。
その「バカ隠居(員教)」とはどう言うことか?
高校に1年に入った頃は分からなかったが、卒業して初めて分かったものである。

それは、
「授業をさっぱり行わず、授業中に雑談ばかり」の物理の教師。
試験の範囲は、教科書のここまで「自分で勉強してください」で終わり。

教科書は、取りあえずなくてはならないのでと一回も開かなかった日本史の教師。

「田舎の女子高の先生になりたい」を連発する数学の教師。

理由は、「前高(マエタカ)だと授業をやってもバカにされるが、田舎なら前高から来たと言えば尊敬されるから」という。
それで実際に、山の奥のどこかの高校に赴任してその後に高校の校長になった。
その時の教え子の同級生が教員となって、その下にいたからよく分からないものである。

高校1年で芸術選択をする時、名物教師がいるという音楽選択をした。
今でこそ書道に関わっているから、「書」を取れば良かったがその時は、書に飽き飽きしていた。
美術は抽象画しか書かせないというので必然として、音楽になった。


その名物教師は今でも同窓会誌に登場する「ギヤマン」こと音楽の福島先生。

もともと音楽選択で来る生徒は、「居眠り」をするために来る全くやる気のない生徒で当然そのつもりで受講した。
だから、授業は全くやる気なし、歌も歌えず、音感もなし、多少のマンドリンは弾かせてもらったが全く上手くならず。
それで先生が腹を立てて「我慢できない」と怒鳴ったのが「ギヤマン」のもと。
それでも50年も経って、授業の様子の記憶が残っているのだから効果はあったのかもしれない。

高校の授業で遊んで「どうする」というもので、高校の授業のほとんどが役に立たなかった。
だから「バカ員教」なのである。

実際に大学入試も、大学に行っても、教わったことは全く役に立たなかったから、世の中そう言うものかもしれない。

元に戻って「男女別学を問う」という企画

大上段に「男女別学を問う」とは言ったものの、後の連載は周辺地域の高校の統廃合による女子高の廃校の話である。
大学入試では、2018年問題という2018年から大学の受験生が激減してくるのが既に高校の段階で始まってしまっていると言うことである。

しかも、群馬県は全県一区のために優秀な生徒は前橋、高崎の高校に集中して特に優秀な生徒は、前高、前女、高高、高女というトップ高に進学する。
結局、周辺の高校の偏差値は下がり進学する生徒が少なくなり統廃合になって、別学高が減ってゆくということである。

だから、前高、前女、高高、高女という高校のトップ高は憧れの元であり、変わってもらっては困るところである。
だから、この4高に至っては、共学化は進まない。


実際には、昔から比べて高校も多様化した。
中央高校は中央中等教育学校となり、私立高校も「特進クラス」が出来た。
この私立の「特進」を全部集めるとトップ高に次ぐ高校に相当するから、下位の公立高校と言うのも存在意義を問われてくるものでもある。

・・・と言うわけで、新聞の企画は、「大山鳴動して」実はネズミ一匹も出ずといったところだった。



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2017年4月 6日 (木)

日本国民は、ものごとに甘いのか??

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「日本人はなぜこんなにも韓国人に甘いのか 日本は韓国にふりまわされてばかり」
佐々木類著を読むの続き

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「日本人知識人の甘さ」

この著書では、表面上の出来事を述べているのみで表題に迫っていない。
それで「「日本人はなぜこんなにも韓国人に甘いのか」を考えてみる。
日本人は「人に甘いのか」と考えると、日本人というのは割合「厳しい」のではないかと思う。
その厳しいというのは「決めたルールを破る人」、「害をなす人」に対してである。

それを端的に表すというのが「裁判員裁判」である。
「裁判員裁判」は、役人である職業的裁判官が非常識、生活感がないとかいわれていたのに対して「国民の司法参加により市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映する」と言ったものだった。
そしてその判断は「職業的裁判官」と同等かより「甘い判断、量刑」と考えられていた節がある。
しかし、今現在の結果を見れば殺人などの重大事件に関しては「職業的裁判官」に対して重罰化、厳罰化になっている。
これが「市民が持つ日常感覚の常識」であって、この量刑を高裁で次々と覆して「職業的裁判官」の感覚に戻しているというのが現状である。

このことから見て、「一般の国民」と「官僚や政治家」などの所謂国内エリート層との感覚の乖離というものがあるのではないかと推定される。
要するに、国民はルールを破る人には厳しいのに「官僚、政治家」というのは甘いということである。
但し、この甘いというのは「日本国民ではなく、外国人や官僚知識人が弱者」と考えている人たちにである。
だから、この知識人と称する学校エリートは、国民には逆に厳しく接する。
内弁慶というのが「官僚や政治家」でもある。

そんなことは何時からそうなのかと言えば、日露戦争のポーツマス条約の時もそうであった。
学校で教わった教科書では、「日本軍の継戦能力はすでに限界を超え・・・」とか「米セオドア・ルーズベルト大統領」に和平仲介を申し入れたことになっている。
しかし、実際はどうなっているのであろうかといえば、米国が日本の味方・・「日本はアメリカのために戦っている」と言われているのは嘘である。
米国は、常に米国の国益と当時の「白人世界」の利益を追求している。
戦争というのは、講和条約が締結されるまで継続するというのが常識でこの当時は無償の日本海軍でウラジオストクを封鎖して、陸軍も同じくウラジオストクを包囲するべく行動するのが常道であったはず。
しかし、実際はセオドア・ルーズベルト大統領に騙(だま)されて、常識であった「戦争賠償金」がとれなかったという結果に終わっている。
ルーズベルト大統領は、ロシア人を白人とは思っていなかったかもしれないが、「戦争賠償金」を日本が貰うことによって日本が強大化して「白人世界を脅威にさらす」のを防いだという思惑がある。

考えてみれば、世界の常識では戦勝国になったり、植民地を得たりすればその国民の税金負担が減って繁栄する。
しかし、日本ではそう言うことがない。
戦争の時の負担として増税された重税は、延々とかけられたままである。
酒税というのも元々は、戦争の費用を捻出するためのものだったはずなのに、そのままであるしこういうものはいくらでもある。

戦後に日本が急成長したというのが、軍隊がなくて軍備費がなかったと述べられることが多い。
しかし、これはほんとの話なのか疑問である。
(参考文献・アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄 [江崎道朗])
本当の話は、韓国などの合邦の地域がなくなって負担が軽減されたと言うのが本当であろう。

その後の上海事変以降、日英同盟廃棄、戦後の日本国憲法と重要なときに、外務大臣、特命全権大使、総理大臣として登場する「幣原喜重郎」という人物。
この幣原喜重郎の事なかれ主義がなければ、その後の歴史は変わっていたはずである。
そもそも「大東亜戦争」は起きなかったということである。

戦後の「太平洋戦争、日中戦争と言う言葉は、事実を反映していないので、分かりやすく元の言葉を使った。」

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「日本人はなぜこんなにも韓国人に甘いのか 日本は韓国にふりまわされてばかり」
から大分離れてしまった。

以上の論点から「韓国人に甘いのか」ではなく、「韓国」という国に甘いのは官僚や政治家などの日本国内エリート層なのではないかと思う。

韓国の軍事政権下という朴正熙大統領時代、今の新聞マスコミは「反韓国」だった。
このとき金大中事件があり、これは政治決着として曖昧な態度を日本政府が取った。
これは田中角栄首相の時代。
この裏で現金の裏金が渡ったというのは、
田中角栄こそが対中売国者である だから今も日本は侮られる 」(鬼塚英昭 著)に詳しい。
その後に妙なことになってきたのは、戦前を知っている戦争に行った世代が少なくなってきた以降である。

第3章 日本政治の根本問題ー不要な談話で自らを呪縛「悪の談話3兄弟」加藤、河野、村山
に書かれているように、国内問題を海外特に、韓国中国に「褒めてもらう」と言う国益を害する今では誤報とわかっている謝罪外交を行ったことによる。

それは当然日本国内にそういうことをしたい人たちがいて、しかも情報を独占し反論を言う国民は排除するということが行われた。
ネット民からみれば、2002 FIFA(日韓)ワールドカップが分水嶺になる。

その後は、別の機会に書こう。

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続く
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2017年4月 5日 (水)

「日本人はなぜこんなにも韓国人に甘いのか 日本は韓国にふりまわされてばかり」 佐々木類著を読む

Pdvd451


3月末から5日間展覧会があったために、やるべき仕事が多くたまってしまった。
4月になれば、種々の支払いから講習会、会議の通知などうっかり忘れてしまいそうであった。
近年本は電子版しか買わないのだが、期間限定Yahoo!ポイントがあったので電子版になっていない標記の本を買ってみた。
感想は一言、「本代1,512円返せ」それだけである。
題名は、編集者がつけたのであろうが予測通りというか、何の回答にもなっていない。
常に奥歯にものが挟まった様な書き方で、その本質に触れるかと思えばさらりと逃げてしまう。
この本で維持している程度の情報なら今やネットの記事で充分と言うより、その方がより詳しい。
編集も同じ引用の言い回しが何回もあって、その部分は同じ引用だから普通なら削るはずがそうではない。
そもそも著者「佐々木 類」氏は、自分の本を読まなかったのかと思わせる。
しかも、テレビ番組やその他の隠された「掟」を少し述べるものの匂わす程度。
全てこの調子だから、痒いところにも核心にも触れない。

丁度朝鮮半島では急を告げている感じがあって、5日の朝は潜水艦からミサイルを発射したシーンで持ちきりだった。
それでテレビのワイドショーを見ていると、潜水艦からミサイルが海上に放出されたあとでロケットに着火して飛んでいったことに対して誰も述べなかった。
こういう高度な技術というものが北朝鮮のミサイルに搭載されるようになった深刻さを理解していないお粗末さである。

それで表題の「日本人はなぜこんなにも韓国人に甘いのか---」の目次は

【目次】(「BOOK」データベースより)

序章 韓国は歴史を直視せよ/

第1章 vs田嶋陽子氏『たかじんのそこまで言って委員会』で撃破/

第2章 暗黒裁判ー産経新聞前ソウル支局長/

第3章 日本政治の根本問題ー不要な談話で自らを呪縛「悪の談話3兄弟」加藤、河野、村山/「謝罪テロの村山談話」/

第4章 ほっといてくれ、韓国/

第5章 パクリ韓国に未来はない/

第6章 ジャパン・ディスカウント米国編

 

先ず「第1章vs田嶋陽子氏『たかじんのそこまで言って委員会』で撃破」を読んで馬鹿らしくなる。
何故なら、テレビ番組というのは単なる娯楽であることである。
番組は2014年と言うから、あの消費税増税の時である。
田嶋陽子氏といえば、当時のリベラルの風潮に載ってテレビ番組で好評(?)だったからか、
2001年に社民党比例区で参議院議員に当選。
その後にテレビ受けしていた自分は、国民に人気があると勘違いしたか2003年(平成15年)神奈川県知事選挙に出馬して4位(15.6%)の泡沫候補扱いで落選。
(当選・松沢成文1,040,594票32.6% )(以上ウィキペディアより)
それで国民の意識とテレビ言論とのズレを感じて、完全にタレントとして活躍している人物である。
その印象は、著書でも言及されていても番組は作家によって構成されていることは述べず、「山口もえ氏」のお約束の「共感」ボタンのことにも言及しているとはいえ、ハッキリ書いていない。
この核心に触れないというのが、先に述べたように一貫している。

第3章 日本政治の根本問題ー不要な談話で自らを呪縛「悪の談話3兄弟」加藤、河野、村山
ここの部分では、宮沢喜一元首相という人物に注目しなければならない。
ここはとりもなおさず、宮沢談話、宮沢首相になったときの近隣諸国条項である。
この部分で小室直樹氏の言葉を借りて
官僚は、「政治家たる資格、指導者たる資格はない。官僚に政治を行わせるのは、サルに小説を書かせるより難しい」と書いてあるところは
高山正之氏の「官僚は犯罪者は世界の常識」に詳しい。

宮沢喜一氏について書くと長くなるので、一言言うとサンフランシスコ講和条約の時に吉田茂首相の秘書官として付いていった人物である。
また、当時誰でも招集された軍隊には、出頭したとは言うが軍隊に行っていない。

もう一つ気になることは、元山口県労務報告下関支部動員部長と称する「吉田清治」を「軍人」と発言されているされているところを訂正していないことである。
元山口県労務報告下関支部動員部長と称する「吉田清治」氏は軍人ではない。
しかも、「吉田清治」という人物の経歴は疑問だらけで分からないだけでなく、大正2年生まれで軍隊に一度も招集されていない。
この年代の招集にって書くと・・・
小生の叔父は、大正3年生まれで乙種合格だが支那事変(日支事変、日華事変1937年(昭和12年))で戦死している。
父も大正3年生まれだが、丙種合格で昭和18年招集され歩兵第15連隊(高崎連隊)に入隊。
昭和19年初頭南方派遣令としてのペリリュー島派遣から病弱のため外れる。
このとき生き残った兵士は派遣されなかった父を含めて3名、他は全て戦死。
昭和19年7~8月、輸送船で南方へ派遣されるも東京湾を出る直前サイパン陥落の報があり引き返す。
昭和20年8月、終戦間近になり英語ができたために(立教大学卒)、広島から横浜へ転勤して、広島原爆に逢わず。
このとき父が戦死していれば生まれてこなかったわけだ。
ちなみに、朝鮮半島の朝鮮人は軍隊に招集されていない。

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続く
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2017年3月12日 (日)

秀吉を討て 武内 涼 (著)を読む

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本書は2013年に単行本が出て、文庫版になったのを読んだので「ネタ」バレで書いてみる。

主人公はイケメンの根来忍者、林空。
小説の題名は「秀吉を討て」なのだが、史実上の豊臣秀吉は忍者に暗殺されているわけではないから、この秀吉襲撃は成功しなかったというが結論である。

それで忍者林空は、実は不死身なスーパーマンで襲撃自体いろいろと突っ込みが入れられる展開である。

だから、林空は忍び小屋を出たところで甲賀忍者の鉄砲隊に待ち伏せされて、完全に狙われているのに鉄砲でかすり傷さえ負わない。

甲賀忍者の精鋭が射かけた矢は、全く当たらない。

腹に銃弾を受けても大したダメージを受けず、頭に銃弾が当たってもいつの間にか「脳外科手術」を受けて常人と同様どころかスーパーマンのように戦う。


だから、根来忍者2人は村雲忍者15人をあっという間に切り倒し、秀吉に迫るとか、林空の投げる手投げ弾は第二次大戦の手りゅう弾並の威力があるとか。

その上、食べるものがなくてヨレヨレなのに、元気いっぱいに何人もの甲賀忍者を倒し、使う武器は無限。

あげくのうちに追っ手の首領である甲賀忍者のかっての最高術者、使い手の一人の乱屋小平次を作術に掛けて一刀両断に斬り殺すとかあり得ない状況。

その一方で、甲賀忍者の首領・山中長俊の探索や防御が甘く、そこにつけ込まれ襲撃されるというあり得ないだろうと言うシーンが続く。

秀吉の軍団の真っ只中なのに、反撃もろくにされずに逃げるとか。
東山道の秀吉が進軍するのが分かっている道の怪しげな檜の大木に、秀吉軍の甲賀忍者も警戒するはずの先鋒隊も全く無警戒。

しかも火縄銃を2発撃っているのだが、2発目の用意するにのに火縄銃では3分かかる。

そうであれば2丁火縄銃を用意して、瞬時に撃つのが普通だがそうではない。
3分もあれば、下から矢に射かけられるはずだがそう言うシーンはない。

甲賀忍者の精鋭が140人も守っていて何の反撃もなく、その場は逃げおおせてしまうと言う不思議。
その後に40人もの甲賀忍者に追われるも林空はかすり傷も負わず振り切る。
その他、突っ込みどころがある多い。
どこかでまともな防御や反撃があったら成立しない小説の粗雑さであった。

その一方で気になったのが、解説でも書かれている「作者の思想と理想が示されている」とある。

それは、秀吉の行為を21世紀の基準で批判しているという歴史に対する偏見である。

ルイス・フロイスの秀吉に対する非難をそのまま引用して解説したりもしている。

フロイスは、イエズス会の宣教師であり秀吉は奴隷商売をする宣教師などを嫌悪して伴天連追放令を出している。

こういう人物の記述がどう言う視点で書かれているのか、歴史を見るときには注意すべきだろう。

その他、秀吉の紀州攻めについて後の朝鮮征伐を引き合いに出して非難している。

しかし、紀州は秀吉の暗殺団を組織したり、数々の籠城戦で戦ったりと秀吉に対して反旗を翻していた。
秀吉が皆殺しにするとは言うが、戦っている相手である。
しかも16世紀である。

フランスの宗教戦争は、16世紀であり「サン・バルテルミの虐殺(1572年~1573年)」ではプロテスタントやカルヴァン派が皆殺しにあった時代である。
「ブラッディ・メアリー」 (Bloody Mary) の異名をもつメアリー1世 (イングランド女王)(在位:1553年7月19日~1558年11月17日)も16世紀。

むしろ秀吉の時代にあって、世界水準から見ても無辜の国民を勝手に虐殺するということはなかったから、まだマシだったのではないかとも思われる。

実際に宗教戦争としては島原の乱で、江戸時代初期である。
このときは、世界水準と同じでほぼ全員を処刑している。
実際には、今でもアフリカやウイグル、チベットなどで虐殺は続けられていて筆者が、豊臣秀吉を非難する資格はない。


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2017年3月 5日 (日)

朝倉氏と戦国村一乗谷 (読みなおす日本史)を読む

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朝倉氏といえば、越前朝倉氏で応仁の乱以降に活躍して織田信長と対峙する頃には45,000もの軍勢を動員できたほどの有力な戦国大名であった。

この著書は、斯波氏家臣時代の朝倉氏から戦国大名時代まで時系列で来歴が述べられている実につまらない著書であった。

多少とも興味を持って読めるのはやはり史実としてある程度固まっている織田信長との対峙以降である。

「足利義昭の上洛と織田信長の越前攻め」

京都に入った足利義昭と織田信長が対立して、もともと将軍義昭は朝倉氏の一乗谷から上洛したために朝倉氏は反織田勢力として攻められることになった。
ここで、北近江の浅井長政に背後から攻められそうになって織田信長が京に逃げ帰ったという話。

それ以降に「姉川の合戦」、「朝倉氏の近江坂本出陣」、「織田信長の浅井攻め」、「朝倉義景の近江出陣」
天正元年(1573)「刀根坂」で退廃。

この辺の記述はWikipediaそのままだったりして、あまり新実がないというのも何となくがっかりする。

この本から多少離れて、朝倉氏本家の最後になった朝倉義景と浅井長政、織田信長を考えてみると浅井長政の親の意見に流されたと言うより朝倉義景の人物を見誤ったという感じがある。

事実として、朝倉義景を主とする朝倉氏は強大であって黎明期の織田信長などはもの数ではないところもあったろう。

しかし、消耗戦を強いられた朝倉義景と浅井長政、常に情報戦を主として侵攻した地の国人や寝返った武将を先鋒として織田本体の主力を常に守った新興勢力との違いは明らかである。

優秀な武将、強い武将ほど早くに戦死するので、朝倉軍の有力武将が消費されてしまう。
朝倉氏最大の軍勢と力を持つ朝倉義景の従兄弟である朝倉景鏡も最後には朝倉義景を見限る。

「姉川の合戦」以降、浅井、朝倉同盟軍は織田信長を圧倒するチャンスが幾度も訪れるものの座して待ってしまう朝倉義景の優柔不断さというのも消耗戦の影響だろう。

それでもし朝倉義景が織田信長の様に非情で勇猛果敢ならば、織田信長を圧倒できた可能性もある気がするがそうではなかった。

もう少し引いて戦略眼があったとしても、織田信長の戦いにおける何となく「帝王学」を地で行っているところがあることを見れば結果は同じだったかもしれない。

その他、浅井長政が朝倉氏と同盟せず織田側に付いたとすれば、朝倉氏の滅亡はもっと早く、浅井氏は織田信長のあとの清洲会議に出ていたかもしれない。

しかしながら、賤ヶ岳の戦いで柴田勝家が除かれたような運命になったかもしれない。

いずれにせよ、新しい時代に取り残された人は表舞台から去るというのは間違いないようだ。


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2017年2月 8日 (水)

LINE用にRCAステレオオーディオ ケーブルを買う

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パソコンの音声が突然出なくなった。
普通ならパソコンが壊れたのかと思うところ、自作パソコンの「高級品」なので早々壊れると言うことはない。
それでよく見たらサブウーハーの代わりに使っているロジクールZ4の電源ランプが付いていなかった。
要するにこのZ4がどこか壊れたか接触不良かということであった。
それでこのシステムにしてどのくらい経ったのかは覚えていない。
そして、最近というかもう前からサブウーハーの効果は余り見られない。

Pc2



しかし、パソコンの音が出ないというのは不便なので取りあえず、直接パワードスピーカーに接続した。
それで驚いたのは、随分と音が違う。
単純には、音が良くなった。
これはやはりZ4が劣化していた証拠でもある。
それで他のPCで使っていたRCAステレオオーディオ ケーブルで代用して、金めっきコネクタのRCAステレオオーディオ ケーブル(3.5mm ステレオミニプラグ→2RCA(赤/白) 変換 )をAmazonで買った。

最近こんな小さなものでも、Amazonなどで買わないと中々見つけられなくなった。
電気屋に行けば良いとはいうが、こんなものはまともに買うと1本1,500円くらいする。

Amazonならその半額に近くなる。
それで普通ならばその辺で買ってくる小物も今は通販になってしまった。
ホームセンターまで買いに行くと、今はガソリン代がかかって結構面倒である。
それでも気に入ったものが手に入れば良いが、見つけられないと半日ぐらいかかったりする。
時代の変化というものは、ここまで来たのかなのである。

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こういう今の日本というのは、四半世紀以上前に映画館で見た「当時の米国の世相」を描いた映画を思い出す。
まだシネコンなど存在していなかった頃だから、駅前に映画館があった。
その映画は全く話題作でもないもので、題名も全く覚えていないくらいなものである。
その世界が今の日本に既に投射されている。

もっと古い小説に「教授の娘」というものがあった。
今はネットで調べても検索に掛からないから誰も知らないだろう。

題名が「教授の娘」だから「娘」が出てくるかと思えばほとんど出てこない。
内容は、ハーバード大学の名物教授が家族の全てに裏切られて、苦悶する小説である。
実は面白いものではなかったが、そういう情景はその内日本にもあるかと思ってみたりしたものであった。
そもそも「教授の娘」という題名も『大尉の娘』というアレクサンドル・プーシキンの有名な小説をもじったと思っていた。

この『大尉の娘』は、兄の蔵書の中にあって中学生の頃に読んだが全く面白くなかったと記憶する。
こんなつまらない小説をよく読んだなと兄を感心したと記憶するものの、その他はさっぱり覚えていない。

小説や映画から未来を予測するというのは最近は、余りにSF過ぎてそう言うことはない。

世界の大きな出来事は「英国」で始まり「米国」に伝播し、最後に「日本」と「ドイツ」に周回遅れで伝わるという。
しかし、高山正之著 「変見自在 ジョージ・ブッシュが日本を救った」(新潮文庫)を読むと2004年の話なのに今でも全く変わらないというのは驚くべきことがある。

その中に今話題になっている「役人」付いての記事がある。

「ワル役人のしたたかさ」

 

「役人とは『たかる』『くすねる』『ちょろまかす』で生きる犯罪集団を言う。」とある。

「新手の犯罪は能力詐欺。有為な人材を装い、民間に天下って不相当の待遇を得る詐欺行為だ。・・・・・」

「役人が有為であったためしは寡聞にして知らない。」(記事は2004年9月)

 

15年経っても全く変わらないところがいぜんと日本にはある。


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2017年1月11日 (水)

民族の性格、行動は何年経っても変わらない

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最近SONYの電子書籍・電子コミックストア【Reader Store】のポイントが貯まって、そのポイントを消費するために何やら電子書籍を沢山買い込んでいる。
それで時々本屋に行って「紙」の本を見てみるとかなり装幀が立派だったりして、同じような値段なら本屋で買った方が有り難みがあったと感じているものもある。
それでつい買ってしまったのが高山正之著「異見自在 世界はみんな腹黒い」。
内容は、2000年(平成12年)ころの記事を収録しているので、そんなこともあったかと思う。
その他、その内容よりもっと詳しいことは「【DHC】髙山正之『放言BARリークス』」で「聞いたな」という項目もあった。
要するにさすが20年前の事柄はそれなりに古い。
しかし、驚くのはこの約20年前に書かれたことと同じようなことが、つい最近でも起きていることである。
それは単に書かれている「人物名」を置き換えると全くそのままということもある。
内容は、「世界はみんな腹黒い」だから外国と日本との関わりである。
要するに、日本も外国も何年経ってもその行動と民族の特性は変わらないと言うことであった。

つい最近に「日本人」に関しての外国人の記述が雑誌に載っていて、今の日本人は「戦前の日本人と変わった」と書かれていた。

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1878(明治11)年に当時の日本を旅行したイサベラ・バードの『日本奥地紀行』にはこんなことが書かれている。(http://www7.plala.or.jp/juraian/ibird.htm)
イサベラ・バードIsabella L. Bird, Unbeaten Tracks in Japan, 1885.より引用。

「ついきのうも革ひもが一本なくなり、もう日は暮れていたにもかかわらず、馬子は一里引き返して革ひもを探してくれたうえ、わたしが渡したかった何銭かを、旅の終わりにはなにもかも無事な状態で引き渡すのが自分の責任だからと、受け取ろうとはしませんでした。」
「ほんの昨日のことであったが、革帯が一つ紛失していた。もう暗くなっていたが、その馬子はそれを探しに一里も戻った。彼にその骨折賃として何銭かあげようとしたが、彼は、旅の終りまで無事届けるのが当然の責任だ、と言って、どうしてもお金を受けとらなかった。」
有名な部分である。

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この明治初期の頃の日本人と今の日本人とは基本的に変わらない。
中国人、韓国人の評価も同じである。

そうすると、日本人は昭和の一時期だけ豹変して人間が変わったのか。
そんなことは庶民レベルではあり得ない。

「真珠湾攻撃」の直前、日本がいかに戦争を回避しようとしていたのかと言うことは米国が日本の暗号電文を解読した記録が残っている。
お人好しと戦略的思考という概念がなかったために、米国の作戦に引っかかったと言うことに尽きる。
戦後はGHQが将校以上の日本国民を公職通報したというのは、知識人を皆殺しにした台湾の「二・二八事件」やポル・ポト時代のカンボジアと似たようなものを思わせるものがある。

それで終戦直後の日本の政治家というのは、よくよく見ればみんな役人上がりである。
役人というのは「事なかれ主義」「責任逃れ」に徹していたというのは、天保銭組(陸大卒)の「役人の典型である帝国陸軍軍人」の行動を見ればよく分かる。
それは、海軍でも同じで高山正之氏の別の著書にはハッキリと名前も出てくる事柄である。


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2017年1月 6日 (金)

ローレン・バコールとイングリッド・バーグマン/映画カサブランカ

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雑誌の中に見つけたローレン・バコール、名前はどこかで聞いたことがあったとはいえ全く知らなかった。
写真を見ると数ある往年の美人女優さんの中でも群を抜いて、野生的で魅惑的。
Wekiによるとユダヤ系アメリカ人で、1945年20歳でハンフリーボガードと結婚している。
だからマリリン・モンローと同世代とはいえ、マリリン・モンローが朝鮮戦争以降に活躍したのに対して、大戦中からモデルとして活躍していたバコールの方が何となく昔の感じがある。

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しかし、映画は「百万長者と結婚する方法」(1953)でマリリン・モンローと共演したと言うが、TVの洋画劇場で見たきりなので全く覚えていない。
結婚して幾年かたっているのでやはり何となく「おばさん」の感じがあった。

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それでハンフリーボガードと言えば、映画「カサブランカ」。
多くの映画に出ているとはいえ、これしか思い浮かばない。
共演はあの大女優イングリッド・バーグマンである。
時に実年齢ハンフリーボガード43歳、イングリッド・バーグマン27歳。

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カサブランカ」と言う映画は、実のところ昔はよく分からない映画だった。
元々ナチスがパリを占領してビシー政権になったころの大戦下で作られた映画なので、反ドイツ、反フランスの映画である。
空港のシーンはロサンゼルス空港で撮影されている。登場する飛行機もその時のまま。
昔のターミナルビルが今でも残っていて、「モスクのミナレットみたいな管制塔もついているので」今でも見えるそうだ。(高山正之氏の著書)
細かい、何々の原作を元にしたとか、メイキングで云々とかは別として何が不思議な映画だったかと言えば、主人公のリックの正体が不明だったことである。
解説にはラブストーリーとあり、イングリッド・バーグマン分するイルザとパリで恋仲、愛人だったことが「若作りした映像で挟んであったとはいえ」不自然。
「ヴィクトル・ラズロ」の奥さん役は適役だったけれど、リックの恋人という設定は非常に不釣り合いだった。

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なんと言っても21歳で結婚して、子持ちの27歳の女性に二十歳前後のおぼこ娘役は無理ではないかと感じるものだった。
写真では、卵形の丸顔に近いように見えるが、北欧人なので驚くほど顔が小さい。
こういう感じは、ハンフリーボガードのような尖った顔には合わない感じがある。
事実として、ハンフリーボガードは、20歳の年の違う写真のローレン・バコールという女豹のような顔をした女性と結婚した。

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その一方、イングリッド・バーグマンは写真にも写っている有名な「ロベルト・ロッセリーニ」監督と不倫関係(1950)の後に結婚(57年離婚)。
写真を見るとあごの形がよく似ている。

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もとの「カサブランカ」に戻ってみると、普通に見ればハンフリーボガード扮するリックは米国のスパイである。
そうでなければ、バーを経営する資金や諸々の事の辻島が逢わない。
そして、もしイルザとパリで恋仲なら濡れ場シーンがないと、カサブランカのリックの店でイルザが昔を持ちだして肉体関係をもって旅券を手に入れようとするシーン(単に言葉だけのシーン)の辻島が逢わない。
それは当然他の客も同様なことをしていなければおかしいのであって、こんなシーンを沢山入れたら昔の「ロマンポルノ」になってしまうと思えてしまう。
映画は、昔の映画らしくハッピーエンドでおわる。
今なら、全員死んで何もなくなっていると言うところで終わるのか、イルザとよりを戻して「とんずら」するか「ワル」を演出しないと面白くない。
しかし、ハンフリーボガードの禁欲というのは出てこないから無理か。

ちなみに当時のカサブランカの役目は、中立国だったポルトガルの「リスボン」だったと思う。
これは昔のスパイ小説に良く出てくるシーンで、中立国とはいえドイツの影響下にあって米国大使館は監視下におかれて、ここから米国などに出国するのが難しかったと記憶する。



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2016年12月29日 (木)

パールハーバー奇襲攻撃の疑問

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今週末は大晦日、正月である。
正月には松飾りとお供えで決まりである。
そういえば最近近所の門、扉に正月の松飾りなど見なくなった。
その昔は街に松飾りの屋台が幾つも出ていて、会社の上司が当時8,000円(30年以上前)もするものを28日に買って正月明けに「ぽぃと捨ててしまう」。
その後は、広告屋が持ってくる松飾りではなく「絵」になってしまったから、そういうことはない。
その松飾りと言っても、今や紙だったり造花だったりするので有り難みは全くない。
「お供え」は、プラスチック製のその形をしているだけという格好だけ。
こういうものは子供の教育には良くないと思っても、女房は元々商家の出だから余り経験がないと言うものだろう。
特に今年は、松飾りなどを飾る良い日がない。大安はなんと天皇誕生日だし。
その後は、先負で27日夕方、先勝で30日の午前中。
元旦も煩(うるさ)い一日になる予定なので、ある意味仕方がないかと諦めている。

ここのところ数日の新聞は、「真珠湾攻撃」の話ばかりである。
この関係の本があると思ったら2014年に「ルーズベルトの戦争責任」という本を買っていた。但し、積ん読である。
なぜ「積ん読」になってしまっているかというと、「歴史通」とかその他の雑誌に沢山の解説があって直ぐに読んでみると言う気になれなかったのである。


「真珠湾『奇襲』ルーズベルトに操られた日本 序説・長谷川煕」(歴史通2017_01)は、今まで明らかだったことを細かく解説したものでいろいろな疑問を呈している。
その疑問は後に置くとして、このパールハーバーものとして簡単に分かるのは1970年の日米合作映画である「トラ!トラ!トラ!」である。
1970年と言えば、まだパールハーバーの生き残りやゼロ戦の戦闘機隊長なども健在のころである。
それなのである程度史実に即したシーンが多く、「真珠湾」ものの著書の問題点も直ぐに分かる。
要するにその史実をどう解釈するかにかかっている。

その奇襲というのもウソなのは、実は映画の中で明らかだが不思議と誰も言わない。
平時の太平洋のまっただ中にあるハワイで、アメリカ太平洋艦隊艦船は戦闘配置についていたことである。(映画の中でもそのシーンがある。)
ゼロ戦の戦闘機隊長の証言に寄れば、日本海軍雷撃機は二番機から撃墜されたと述べている。
奇襲ではなく、強襲だったのである。
戦艦の戦闘配置というのは、5分以内と言うのが理想でそれ以上だと確実に撃沈される。
「ビスマルク号を撃沈せよ!」だったか忘れたが「戦艦ビスマルク」の戦闘配置の訓練に映画があった。
ここで戦闘配置の訓練をはじめで1日目は、何と15分以上かかった。
艦長が「これでは撃沈だ」と言っていたシーンを思い出す。
日本海軍では、4分を達成していたと言うから凄いものである。
しかし、平時のアメリカ太平洋艦隊、戦闘配置にどのくらいかかるのか?
多分20分は切らないだろう。
だから、本当の奇襲なら日本の連合艦隊航空部隊は全く無傷でも良かったはずである。

戦争映画を見れば分かるように、待ち伏せをされていたらほとんど全滅だ。
パールハーバー奇襲攻撃の場合は、圧倒的物量の連合艦隊だったから勝てたようなものである。

さて、「真珠湾『奇襲』ルーズベルトに操られた日本 序説・長谷川煕」での疑問」

1)「ハルノートに東條内閣の誰も、外務省の誰も、陸海軍省の誰も・・・・(何か変だ)(何かおかしい)と感じなかったのか。

★多分感じた人はいたのだろうと思うが、意見は言えなかったのではないかと思う。
軍隊というのは、官僚組織だから上意下達でトップが判断しなければ意味がなかったのではないか。

問題点は、そのトップも下から突き上げられて自由にものが言えないというところで、事なかれ主義に陥ると言うことである。

パールハーバー奇襲攻撃の図上演習が何回も行われて、全て連合艦隊が負け。
結果としては、図上演習そのままに現実は推移したが、これは上官から中止させられたと読んだことがある。
上のものが決めたことは、不都合でも実行されると言うことである。
映画「遠すぎた橋」という映画がある。
これはマーケット・ガーデン作戦(Operation Market Garden)という第二次大戦末期のオランダ国内での戦い。
この映画冒頭で、ドイツ軍主力がいないはずなのにドイツ装甲師団(第2SS装甲軍団)が攻撃先に存在することが分かった。
しかし、この報告は破棄されたシーンがある。
計画の遂行に不都合なことは、知らなかったことにする、なかったことにするというのは連合艦隊がパールハーバーに向かっているときにもよく見られている。

もう紙面が尽きた、次は次回の時期に。

阿川弘之の著書に「山本五十六」、「米内光政」、「井上成美」と言うのがある。
この三人は、米内光政海軍大臣の時の次官・山本五十六、軍務局長・井上成美である。
阿川弘之は、米内光政を非常に持ち上げているのだが、「真珠湾『奇襲』ルーズベルトに操られた日本 序説・長谷川煕」では「米内光政の正体は--」で疑問をていしている。
事実よく考えれば腑に落ちないことが多い。
特に海軍は、戦犯に問われた例が少ない、これも疑問である。



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2016年12月24日 (土)

「クリスマス・イヴ」・米国風の嫌みで「ホリデー・イヴ」

Omen1


12月23日の朝、MapカメラのMaypageを開いたら
2016/12/22 【中古】[新同品] FUJIFILM (フジフイルム) X-T10 ボディ の価格が¥53,800 から¥46,800 に下がりました!
2016/12/21 【中古】[新同品] FUJIFILM (フジフイルム) X-T10 ボディ の価格が¥53,800 から¥51,800 に下がりました!」
というメッセージがあった。
51,800円というのは、前からの値下げでそこから5,000円引きとは、11月の同じ頃にX70で同じようなことがあった。
こんなものを見たら「購入ボタン」を押してしまいそうだが、いずれも売れたあとだったのでそういうことになっていない。
こんな時はいつも「神様が買うな」と言っている証拠だと思っている。
その判断が正しいのかどうかは全く不明で、今ここに中古でも売れない・使わないカメラが山となっている現状を見ればさして当てにならない。

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12月もクリスマス・イヴになったのであるが、今や休日としての天皇誕生日の翌日と言う意味合いしかなくなったような気がする。
本家の米国ではポリティカル・コレクトネスで

「メリー・クリスマス」は、「ハッピー・ホリデーズ」
「クリスマスツリー」は、「ホリデーツリー」
「クリスマスカード」は、「Season's Greeting(季節のご挨拶)」
となっていると言う。


しかし、元々多神教の日本だと日本の伝統文化、宗教とは全く関係ない「ハロウィーン」でさえ単なる祭りとして登場してきている不思議さがある。
もうすぐ来る正月とて、前橋市街地では朝っぱらからヘリコプターが飛び回り、昔なら日の丸の「ハタハタ」という音しか聞こえない元旦が喧噪に包まれる。
いつも動画を撮影している「ニューイヤー駅伝」である。
年賀状も出す人が少なくなっているとは言え、元旦に年賀状を見るのはそれなりに楽しみである。
ならば毎年、何らかの都合で出さざる終えない。
しかし、今年は欠礼が20通以上とやけに多い。
そう言う時代になってきたのかと思えば、親は100歳を超えての大往生だったりしている。

そんなことで早々今年2016年はどんな年だったのか考えてみる。
単純に言えば、個人的な変化や激動というものは少なく、まわりの環境や世情が大きく転換したという気がしてならない。
身近には、老朽化した事務所の備品が次々と壊れて青くなっている時間の方が多いとは言え、実は透明カプセルの中から、外の世界を見ているに過ぎない。
それで苦々しく思ったり文句を言ったりしても外の世界には全く伝わらない。
逆に「外の世界」からカプセルの中に手を突っ込まれて直接伝わってくることは、全くろくなことがない。
その「外の世界」では、春先は「舛添要一元東京都知事」でテレビでは大賑わいだった。
今になれば、単なる神輿の操り人形だったと言うことが小池知事誕生ではっきりしたとは言え、この年末にはすっかり忘れ去られている。
とにかく、この夏の選挙は18歳から投票権を持つ初めてのものになった。
この地方の人間には関係ない都知事選を含めた二つの選挙は、「2002 FIFAワールドカップ」報道以来、日本のテレビ、新聞などの報道機関の信用を再び失墜させた。
そして、11月の米大統領選挙結果は、それに追い打ちを掛けると同時に日本の報道、評論家などのリトマス紙となって、それが決定的になった。

月刊WiLL2017年2月号、日下公人氏のコラム、「繁栄のヒント『お人好し』日本人」にやぶにらみの面白い記述がある。
「私は日米親善とか日中友好とかを半分しか信じないで今日まで来た」
「・・・・・不思議に友人ができた。だまされないですんだ。信用された。取引もできた。」・・・・・
「それからもう一つは日本人に騙(だま)されないですんだ。」
「騙(だま)されている日本人からは仲間はずれにされた。」
「それも良かった、と思える今になった。」
ここだけの文面では分からないが、ネット民では今では常識になっていることを昔から実践してきたと言うことだ。
それにしても「そんなことをしては損するよ」とネット民が予測していて、警告しているのにそのまま突っ走って失敗する大企業があったりする。
少し前に流行った「民僚」や戦前の「海軍兵学校の卒業生」よろしく、学校秀才の集まりというのは未だに払拭されていない。
とうより余計にはびこっていると感じるものであった。

 


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