書道家のお仕事・書論など

2017年11月25日 (土)

新井光風先生講演会「戦国・秦の木竹簡にみる字形変遷の実態」

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平成29年11月23日(公財)書道芸術院創立71周年の講演会が開催された。
場所は、例年通りの上野精養軒。
この講演会の後、懇親会が例年通りに開催された。

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講演会の講師は、新井光風先生(日展理事、読売書法会常任総務、大東文化大学名誉教授)。演題は標記の「戦国・秦の木竹簡にみる字形変遷の実態」-字形はどうして変わるのか-であった。

Shogei5


1、「早書き円転のリズムによる筆路の移動」という説明から、
金文→隷書→草書と早書きによって、文字が省略されてゆくまたは、別の字形に置き換えられてゆく様を実例をもって説明された。
金文や隷書となると公式文書であって、急いで書く必要もない。
しかし、木簡のようなメモ書きに近いものになってくると省略、簡略化したりしても「読めれば良い」というような解釈になる。
そして、その「読めれば良い」文字がより簡略化されてゆく様子を解説された。

Shogei6

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以前の講演会では、楷書は「草書」の次に出来たのではなく隷書、草書などと同時期にあったことが説明された。
「楷書」というのは、どうしても後世に残す文字として古くから石などに刻されている。
その一方で「行書、草書」などは手紙文字などの場合が多い。

またそれ以前の講演会では、日本の漢字の音訓というのは日本に輸入されたときの読み方、意味であったと言うこと。
中国では、異民族による支配によって言葉や意味などか変わってしまったという。
実際、北方異民族支配の元朝、清朝では漢字は第一公用語ではなかったから何でもありであろう。

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Make Panasonic
Model DMC-GH4
Software Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)
Exposure Time 0.017s (1/60)
Aperture ƒ/2.8
Exposure program (Auto)
ISO equivalent 500
Exposure Bias +0.33EV
Metering Mode Matrix
Flash Fired No (enforced)
Focal Length 12.0mm 24mm=35mm equivalent
Color Space sRGB
White Balance Auto
Focal Length (35mm) 24
LensModel LEICA DG 12-60/F2.8-4.0
Date 2017-11-23 15:54:31 (no TZ)
Lens LEICA DG 12-60/F2.8-4.0

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Make FUJIFILM
Model X-T20
Software Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)
Creator K-Arai
Copyright Syuun Arai
Exposure Time 0.067s (1/15)
Aperture ƒ/3.2
Exposure program (Auto)
ISO equivalent 800
Exposure Bias -0.33EV
Metering Mode Matrix
Flash Fired No
Focal Length 27.7mm 42mm=35mm equivalent
Color Space sRGB
FocalPlaneXRes 2564
FocalPlaneUnits 10
White Balance Auto
Focal Length (35mm) 42
LensMake FUJIFILM
LensModel XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
Date 2017-11-2


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Shogei13

Make FUJIFILM
Model X-T20
Software Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)
Creator K-Arai
Copyright Syuun Arai
Exposure Time 0.017s (1/60)
Aperture ƒ/3.6
Exposure program (Auto)
ISO equivalent 2500
Exposure Bias -0.67EV
Metering Mode Matrix
Flash Fired No
Focal Length 34.3mm 51mm=35mm equivalent
Color Space sRGB
FocalPlaneXRes 2564
FocalPlaneUnits 10
White Balance Auto
Focal Length (35mm) 51
LensMake FUJIFILM
LensModel XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
Date 2017-11-23 17:05:00 (no TZ)
Lens FUJIFILM




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2017年11月 1日 (水)

群馬県立前橋高等学校創立140周年記念・書家等作家展

3


群馬県立前橋高校が創立140周年を迎えて、記念事業として「前中・前高同窓画家・彫刻家・書家等作家展」が開催された。
会場 前橋プラザ 元気21 1階 にぎわいホール
会期 2017年11月1日~11日

2017年11月1日、9時40分よりオープニングセレモニー(開幕式)が開催された。
その様子は、YouTubeで参照。

名称としては
「第2回赤城颪におくられて」である。
----------------------------------------------------------
前中・前高創立140周年記念事業
第2回赤城颪におくられて
前中・前高同窓画家・彫刻家・書家等作家展

----------------------------------------------------------

1


2



この「赤城颪におくられて」とは、前高OB、在校生しか分からない意味がある。
何故なら校歌の一節だからである。

群馬県立前橋高等学校 校歌 全文(前橋高校 Webページから引用)
****************
一、
 赤城颪(おろし)に送られて
 学びの窓にあつまりし
 健児の希望花と咲く
 不断の春の厩橋(うまやばし )

二、
 文武の誉弥(いや)高く
 聳(そび)ゆる山を仰がずや
 健剛の意気潔く
 流るる水に叫びあり

三、
 開け行く世に魁けて
 急ぐに前途(みち)は遠けれど
 向上努力一筋に
 心ひまなき桑の弓

四、
 刀寧(とね)の沿岸(かわぎし)今ここに
 松の緑の色深く
 男児の粋をあつめたる
 われ等が前橋高等学校

*********************************

4


5


6

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LEICA DG 12-60/F2.8-4.0
撮影日時: 2017-11-01 10:05:20 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 12mm (35mm 換算焦点距離: 24mm)
絞り値: ƒ/2.8
露出時間: 0.017 秒 (1/60)
ISO 感度: 400
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)



出品者は、

●絵画・写真・イラスト
長井 由夫(高5卒業)、秋葉  健(高6卒業)、高荷 義之(高6卒業)
中村 光夫(高6卒業)、中島  宏(高7卒業)、秋葉  洋(高8卒業)
宇津木隆雄(高10卒業)、宮田  均(高12卒業)、熊谷 哲夫(高13卒業)
茂木 紘一(高13卒業)、唐澤 政道(高15卒業)、牧ヶ谷 功(高15卒業)
高田 哲雄(高20卒業)、小曽根正利(高21卒業)、岩崎 陽一(高23卒業)
長坂 和寛(高27卒業)、坂本  敏(高30卒業)、長岡 祐介(高30卒業)
小原  玲(高31卒業)

●彫刻
川隅 重美(高9卒業)、横山 省三(高12卒業)、五味 孝雄(高13卒業)
池田 政治(高16卒業)

●書・篆刻
西林 乗宣(高7卒業)、岡庭 呑石(高15卒業)、小倉 釣雲(高17卒業)
阿部 裕幸(高22卒業)、荒井 柊雲(高22卒業)
國定 青陽(高37卒業)、手島 桑海(高40卒業)

------------------------------------------------


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今回陳列して思ったのは、キャプションが大きい。
内容も、絵画部門は賞歴や活動歴が沢山書いてあるのだが、書の部分はない。
実を言えば、第1回の時のキャプションに「賞歴」を少し書いて置いたのだが全部削られたので今回は、同程度にした。

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カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
撮影日時: 2017-11-01 10:41:03 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 18mm (35mm 換算焦点距離: 27mm)
絞り値: ƒ/2.8
露出時間: 0.050 秒 (1/20)
ISO 感度: 200
露出補正値: +0.33 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
クリエイター: K-Arai
著作権: Syuun Arai
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

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2017年10月 1日 (日)

世の中、嘘記事ばかりが氾濫する??- In the world, only the false stories flood ??

11

2017の春からフェイクニュースというのが話題になっていた。

新聞やテレビのワイドショーというのが中心というのはネット民の思うところ。

この嘘ニュースというのは、外国の証券会社が消費税増税を主張するというもの同じで、会社が儲かって自分たちの首が繋がればよいという「ポジショントーク」。

衆議院解散前の9月25日の地方紙には「衆議院解散の是非」についての無意味な議論が載っていて、「ご意見を」とあった。

この記事では、10月1日現在のように民進党から蟻のようにゾロゾロと「希望の党」へ鞍替えが進み民進党が崩壊寸前とは誰が予想できたか。

地方紙の記事の
「反対」「与党保身で大義ない」との大見出しは、地元群馬大学社会情報学部の准教授様。


そこで書かれている4項目は、25日の朝にネットを見たら「大義がない」という人はこの様に述べると言うそのままだった。

笑ってしまうのは、その「与党保身で大義ない」とは与党自民党に当たらないことである。

これほど未来予測ができない大学教授というのは、何も自分で事柄を「考えない」と言うことらしい。

月末に発売されて言論誌を読むと、そのまま「考えない人のこと」が書かれているからまた笑ってしまう。

そして、表題部の「世の中・嘘記事ばかりが氾濫する??」これは政治や経済のことばかりかと思っていたら、決してそうではなかったとカメラ雑誌を何年も読んでそう思った。

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以前に少し書いたSONY α6000。


2014年初頭にNEX-6/7の後継機種として発売されたAPS-Cのデジタルミラーレスカメラ。

NEX-6/7に比べて、かなり厚みが増した今のα6500に繋がるデザインのプラスチック外装のもの。

このカメラは月刊カメラマンのテストでは、α5100という下位モデルが登場するもα6000はない。

それでα6000とほぼ同じような性能のα5100が2014~2015年のテストでは好成績を残してしまう。

デジタルミラーレスカメラと言うより、コンデジ並のパパママカメラだから良しとするかと言うのかどうかは知らない。

それが密かにSONYα6000が安くコストパフォーマンスがよいと語られるようになったのが、α6300が発売された2016年以降。

SONYα6000はまだ売られているくらいだから、2014年当時では対抗機種は余りなかったと言うわけだ。


15


これと同じなのがPanasonic/LUMIX GX8というデジタルミラーレスカメラ。

LUMIX GH4と並んでツートップとして作られたから、質感、性能もよく、動画のGH4に対して、静止画のGX8として発売された。

これもSONYα6000と同じように画素数が増えたために分厚く大きくなった。
その点を突かれて、ほとんど評価されなかった。

Lumix


それが評価の対象になってきたのは、2017年からLUMIX G8-GH5が発売された以降というのも不思議な話。

但し単独ではなく、パナソニック製品のLUMIX G8、GH4、GX7IIという機種と比べてである。

LUMIX GX8というカメラは、価格コムの掲示板では悪評が続く一方、購入した人の「満足度レビュー」は高評価という不思議な製品。

マップカメラの中古品は、元々売れていないので少ない。

その一方で、程度良いものの売れ行きは早い。

いずれにせよ妙な製品ではある。


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2017_10_01

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2017年9月18日 (月)

野中吟雪先生・書道研修会を聞いて

1


平成29年9月16日群馬県書道協会(他協賛)の研修会が前橋市の農協ビルであった。

講師は、岐阜女子大学大学院教授・新潟大学名誉教授・野中浩俊(吟雪)先生

演題は「書の学び方、楽しみ方」

****************************
■演題1「書作品の見方」
***************************

野中先生の講演で良かったのは、毎週のように展覧会に行っていて思っていることの整理整頓が出来たという感じであった。

-------------------------------
1、鑑賞とは
ここで鑑賞として
●鑑賞、鑑識、鑑定、批評
●鑑賞の方法
------------------------------------
とまとめて述べられている。

先ず鑑賞とは、「直感的鑑賞」という「人と会ったときの第一印象」と同じイメージから入り、鑑識、鑑定に移る。

鑑定とは、「本物かどうか、全体に価値があるか」を見る。

そして「批評」として、「長所短所、指導者はどんな人物か」などを見るという。

▲「直感的鑑賞」はともかくも、無名な筆者などの作品に「価値がある」とは思えないし、批評にも値しないから、こういう鑑賞は「有名な作家」の作のことだろう。

実のところ、ある高名なかなの作家が引退(書団を退団する)をする時に、何十年もの作品全部を「燃えるゴミ」で出したと話しておられた。

それでも残った作品で個展を何回も出来るくらいあるから、どれだけのものかである。

書道家で、弟子でも無い限り「書が売れた」などと言う話は余り聞いたことがない。

事実、筆者などは師承の晩年の弟子であるために、色紙以外、師承の作品というものを持っていない。

そもそも今まで書に関係するとは思わなかったし、若い頃は「お金も欲も」種々の事柄も分からないから何も無い。

2

******************************************
●観展方法
一巡、選択、要因解明、編年、作風、形式、書体
*******************************************

これ以降は、筆者が毎週廻っている「グループ展」「社中展」「団体展」「公募展」と
例えば大沢雅休展とかの「企画展」に分けられる。

■「グループ展」「社中展」「団体展」「公募展」は、
一巡、選択、作風、形式、書体、それに続く「評価」であろう。

筆者の「社中展」などの展覧会の見方は、野中先生が指摘したとおりである。

●一巡

先ず写真を撮りながら、展覧会の全体像と展覧会の意図、見せたいものなどを大雑把に掌握する。

●選択

一巡した後で、気になったものを中心にもう一度見直す。

●作風、形式、書体

3回目に、選択した作品の詳細、構成(形式)、作風、師風などを確認する。

●見直して不足分の写真を撮る。

▲実を言えばその昔この「一巡目」で観展していたときに、ある先生から「余り早く見るのは失礼ではないか」と言われたことがある。

その時に「あとからきちんと見ています」と述べたが、この真意が伝わったかどうか。
しかし、野中先生の指摘は心強い。

■「企画展」は、別掲。

******************************
●評価の基準
強さ、明るさ、造形の確かさ、製作の意図
*********************************

3


●強さ

強さとは「筆を叩きつけたような作品ではない」。

「作品の強さと柔らかさとは違い、良い作品は強い」

▲いつも指摘するのは、「太い線」は強くないと言うことである。

紙面に強くと思って太い線を引くと、実のところ線が弱くて余白が持たない。

結局紙面全体に墨を入れなければならないことになって、作品にならない。

その一方で、細く強い線を引くと真っ白な紙面でも余白が持つ。
これは書き手の練度の問題である。

●明るさ

「明るいのか暗いのかは、白と黒の調和で明るいが決まる。」

▲これは難しいところで、良い作品を書く人でも「暗い」作品ばかりと言うことも多い。
これはセンスの問題で、如何ともしがたい。

●斬新さ

「人のものまねはダメ、自分でどれだけ作り出せるか」
▲これは読売系の伝統書のように「カーボンコピー」をしなければならないところ、毎日系の個性を出すと言うところもあり。
現代書系なら「斬新さ」は必須。

●造形の確かさ

「その作品は、どう言う先生(師承)の元で習ってきたか(ついてきたか)」

▲これは通常の書家には全く問題ないのだが、雑誌やTVその他メディアに登場する「書家」「書道家」には師承の名前がないのが普通。

・・・・と言うより高校で学校の先生に習ったとか、母親に習ったとかで独学だったりする。
当然高校以上で公募展に出品したこともなければ、入選、入賞したこともない。

だから作品に、間違い字、書き順の違いがあっても本人どころか、公開するマスコミ、雑誌も気がつかないと言うより知らない。

●製作の意図

「作品の制作年」、「何をあわらしているのか」
「造作の意図がはっきりしているのか」

▲実のところこれに悩む毎日であると言うのが真実。

作品というのは、出品する展覧会によって作風を変えなければならないと指摘されている。
国立新美術館で展示される毎日書道展と東京都美術館で展示される書道芸術院展。
群馬県立近代美術館で展示される群馬県書道展。
前橋市市民文化会館で展示される前橋市民展。
そして、社中展、個展とみんな作品、作風が違う。

4

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GH4
レンズ: LEICA DG 12-60/F2.8-4.0
撮影日時: 2017-09-16 14:46:21 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 60mm (35mm 換算焦点距離: 120mm)
絞り値: ƒ/5.0
露出時間: 0.010 秒 (1/100)
ISO 感度: 3200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


****************************
■「企画展」の観展方法
■「人と書」

「企画展」は、そのまま見てゆけば分かるように展示されている。
書は人の歴史、文字の変遷。その年齢の時にどう言う作品を書いたかと言うことで人の歴史が分かる。

次回は「書の学び方」???


 

詳しくはこちらを参照 icon

2017_9_15

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2017年7月23日 (日)

東京都美術館・東京銀座画廊・美術館・国立新美術館などを廻る

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2017年7月23日、午前中から雨が降る中、
東京都美術館-毎日書道展・東京展・公募入選
東京銀座画廊・美術館5F-金子卓義と門人展
国立新美術館-毎日書道展・東京展
ザ・プリンスパークタワー東京-表彰式、祝賀会


と東京美術館巡りだった。

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冒頭「午前中から雨が降る中」と書いているとおり、東京都美術館を出て銀座に向かう頃にポツポツと雨が降って、国立新美術館を出る頃にはそこそこの雨になった。

ザ・プリンスパークタワー東京を後にする頃には雨は止んでいたが、高崎で小雨。

昔プリンスホテルの違うところで開催されたときは梅雨だったから、そういうことはあった。

しかし、最近は珍しい。

こんなふうに回ったので、表彰式冒頭には遅れてしまった。

それで表彰式中2時間近く立っていたので疲れが倍増した。

カメラ二台、一脚、予備レンズ、ストロボ+その他+図録2冊だったので帰りは放り出したくなるほど重たかった。

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今回暫くぶりに東京銀座画廊・美術館に行って見たら、セントラル美術館があった5階その他3フロアが東京銀座画廊・美術館になっていた。

セントラル美術館の後は、居抜きで東京銀座画廊・美術館になった感じ。

だから紙パルプ会館に移ったセントラル美術館など要らないではないかという感じがある。
いろいろな関係があるのだろうが、難しいものである。

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カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
撮影日時: 2017-07-23 13:31:50 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 140mm (35mm 換算焦点距離: 305mm)
絞り値: ƒ/5.6
露出時間: 0.017 秒 (1/60)
ISO 感度: 2000
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: 絞り優先 (セミオート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


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帰ってみれば18,594歩だったが、ザ・プリンスパークタワーから浜松町まで歩かなくて済んだのでこの程度なのである。

7235

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
撮影日時: 2017-07-23 15:40:15 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 50.5mm (35mm 換算焦点距離: 76mm)
絞り値: ƒ/4.0
露出時間: 0.017 秒 (1/60)
ISO 感度: 1600
露出補正値: +0.67 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
クリエイター: K-Arai
著作権: Syuun Arai
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


ザ・プリンスパークタワー東京の祝賀会というのは、15時30分から始まる。


時間を測っているわけではないから、写真の時間で推定してみる。

15時50分くらいまでは、挨拶などで16時頃から「食べ物」の争奪戦である。

これで何を初めに食べるのかを決めて、そのそばに寄って乾杯が終わるのを待つ。

乾杯終了から近くにあった食べ物を取って、次に進む。

それでほぼ30分で全ての食材が終了。

結局今回は、肉や魚などはありつけなかった。

食べたのは、ケーキ、フルーツ、寿司、中華焼きそばなど。

それでも昼に食べ過ぎたので、満腹というより喉が渇いて、ウーロン茶とミカンジュースでガボガボ。

食材がなくなれば、どっと変える人並みが増え「大門」方向へゆく列について行くと引き返している。

「雷雨が激しくなったか」

と雲の様子をスマホで確認しても雷雲はなし。

荷物が重いからタクシーで帰るかと思って長い列に並ぶことしばし。

ザ・プリンスパークタワーから外に出る順番になると、出口のタクシー乗り場に誘導されるもタクシーは来ない。

見てみれば、入り口に止まったタクシーに後から来た人がそのまま乗っているではないか。

これではダメだと、大門か赤羽橋へ行こうかと歩き出したら何と浜松町行きの無料「シャトルバス」があるではないか。

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これに初めて乗り込んで、結果歩かずに済んだ。

それにしてもザ・プリンスパークタワーの案内係の不親切なこと。

無料「シャトルバス」があるのならそう言えば良いではないか。

実際には実害はなかったから、以後教訓である。

72312

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
撮影日時: 2017-07-23 17:04:32 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 140mm (35mm 換算焦点距離: 280mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.020 秒 (1/50)
ISO 感度: 3200
露出補正値: +0.33 EV
測光方式: マトリックス
露出: 絞り優先 (セミオート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

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2017_7_23


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2017年6月16日 (金)

JAF Mate冒頭の変なもの「甲骨文字」

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JAFの会員になると「JAF Mate」という会員誌を送ってくる。

JAFに入っていると車が故障したときになど便利と言うことでもう20年近く入会しているのだが、実のところ1回も使ったことはない。

それでJAFとの繋がりは、この「JAF Mate」という会員誌だけと言ってよい。

この会員誌の1ページ目を開いたときに、昨年からか妙なデザインしたものになった。

7月号は「文字と眼差し」とあるから「文字」らしい。

よく見ると変な雅印も押してある。

7月号は、「甲骨文字」の「雨」という文字を書いたと解説文に書いてあるのだが、甲骨文字には見えない。

「書道辞典」で調べてみたら間違っていて、勝手に解釈してデザインしたようである。





書いている「華雪」と名乗る女性の「書家」と称する人物。

こういう名前を見ても書道家に「名字」をつけないのは、大方「龍馬伝」で「賞」を貰ったS女史と同じとみる。

賞と言っても、間違い字、書き順の違った文字を見抜けない審査員が審査したからそのレベルというのはしれたものである。

こういう類いの書家は、「makishoji(今城昭二)の書道・篆刻ブログ」の今城先生が「ないないづくし」と呼んでいたかどうかは定かではないがそうだろう。

「ないないづくし」とは、師承がいない、書の知識がない、書の技量がない・・・・・雅印がない・・・とまでである。



そうとみると「華雪」女史の経歴には師承が述べられていない。

他の人のブログを見ると5歳の時に「玉記久美子」先生に習って20歳まで通ったと言う。






しかし、「玉記久美子」先生というのは全く経歴不明。

「華雪」女史の書歴も競書誌に載ったくらいなものであるようだ。

それで「他の人のブログ」に使われている筆が紹介されている。

それを引用すると********************

「左から順に、華雪さんが10歳の時に自身で彫った篆刻「華雪」。
毎日使っている小回りが利いて書き心地のいい2本の「一番身近な細筆」。
くじゃくの羽を束ねてつくられた「くじゃくの筆」。
小学生の頃、華雪さんの髪の毛でつくった「体毛筆」。濡れると自身の髪の毛と同じクセが出るそう。
『THREE TREE JOURNAL』トップページのスライドバナーの「丁」の字を書いた「ペンキ用の刷毛」。
「日」の屏風の制作でつかった「日本画用の刷毛」」

*******************************

 


この筆、驚くなかれ全て洗っていない。

しかも見る限り、みんな安物の「ちびた」穂先のすり切れた筆。

羊毛でもなさそうな、練習用の筆にしか見えない。

持っている書道関連本は、これも引用すると**********************


「上から、華雪さんが影響を受けた書家・井上有一氏の全文集『書の解放とは』(芸術新聞社)と『生きてい る井上有一』(UNAC TOKYO)の一ベージ、写真家・繰上和美が撮影したポートレート。

下の2冊は、華雪さんが書道教室で玉記先生に文字の成り立ちを習った字典、白川静編纂の『字統』(平凡社)と『常用字解』(平凡社)。」

********************
 



篆刻家を自称している割には、篆刻字林なんか持っていないのね!!



もっとよく見てゆくと、書いている動画がある。




穂先もほとんど見えないくらいというか、根本でカットしてある筆の付け根もって紙を擦っている。

この書き方どこかで見たと思ったら、T氏が揮毫したときに使った穂先をバッサリ切った筆と同じである。

早く言えば、マジックインクのデカいヤツ。

こんなの筆じゃないね。

ところで、書いてある文字らしきものは、こういう筆で擦ったものだから末端が荒れていて「甲骨文字」ではない。

甲骨文字というのは、亀の甲羅に熱した熱い鉄で焼いたものだからこういう字体にならない。

1




一応、かなり創作的な毎日系の西川翠嵐先生(書道芸術院展 常任総務審査会員)の甲骨文字の例を出しておいた。

著書も篆刻も含めていくつか出版していてAmazonに載っている。

但し、書評は最低である。

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これは見るだけ、買わないように****


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2017年6月15日 (木)

PowerDirector 15で編集中・創立70周年記念役員作家巡回展

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4月始めに開催された「創立70周年記念役員作家巡回展併設北関東総局展」の記録配布用DVDの編集が行き詰まっている。

PowerDirector 15の編集で分かるとおり、作品研究会の午後の部の時点で1時間を超えている。

DVDの予定は、40分程度だったが午後の部も全部入れたら、2時間でも収まらない。

・・・と言うことは、かなりの部分、挨拶などはカットしないとならないようである。

動画編集は、取りあえず全ての映像を並べないと話にならないので徐々に並べなければならない。

作品研究会だけで3時間、その他を入れればどれだけ動画を見直し、不要と思われる部分をカットしなければならないか気が遠くなるからボチボチである。

それでなるべく映像時間を短くしたいというのは、実はDVDの書き込みエラー対策でもある。

1時間以内なら、150枚焼いて何とかノーエラーかもしれないが、ハイビジョンで1時間50分以上になると必ず何枚かはDVD周辺部で読めないエラーが出る。

それに焼くのに1枚4-5分。

5分として5x150=750分----12時間30分もかかる計算。

これだと焼くだけで1週間はかかる。

最終的にどこかの部分を削除せざる終えない。







 

それにしても午前の作品鑑賞会で、墨の話が少し出ていた。

 



聞いていて、宿墨にして・・・・からの意味不明な部分が多くてよく分からない。

 

宿墨にした墨の話というのは、誰も企業秘密で実は明かさないというのが基本である。

実を言えば筆者もどんぶり一杯というか、ボール一杯の墨を作っている。

 

毎日書道展の作品はすでに出品してしまったので、今作っている墨は秋の群馬県展からの作品用1年分である。

だから、突然席上揮毫してくれと言われても墨がない。


大体席上揮毫で使っている墨は、9割方墨滴で中には手刷りという先生も居るものの、刷って直ぐ使えるものである。

宿墨による墨つくりというのは、どこかのTVドラマ「私失敗しないので・・・」というわけに行かないのが常である。

昨年は、足が痛くて墨のケアが出来なくて墨つくりは失敗している。

失敗しているから墨ができないというのではなく、できたのが半年後である。

その余り上手くできなかった墨で、

群馬県書道展、前橋市民展、書道芸術院展、毎日書道展

の作品を書くわけだから、ある意味嵩がしれている。

当たり前だが、そんな失敗した墨で書くわけに行かないからもっと前に作った保存用の墨を足して書く。

それでますますろくな作品は書けない。

この墨つくりというのを普通は教えないのに、社中で「教えてくれ」というので教えた。


こういうのは、非常に良くない。

なぜなら、こういう墨を作るという部分から作品制作は始まっていて作者の自主性を損なうからである。

そのためか師承の横堀艸風先生は、墨の作り方は当然教えないし、作品を作っているところも見せない。

横堀艸風先生の師承である大沢雅休先生は、手本を書いているのも見せなかったという。

手本は、書き上がると障子を少し開いて「ぽい」と放り投げてくると、今にも目に見えるような風景が浮かび上がる。

書いている書は、前衛書道だから書く人たちが同じ傾向の作品を書いたのでは、単に形をまねているだけなので作品に「命」が吹き込まれない。

これが前回言ったように「心」がない作品である。

よく「良寛の書が好き」という話を聞く。


見れば変哲のないようなヒョロヒョロとした文字だが、「心」がある。

「命」がある。

その「良寛の書」をまねて書いた作品が、「良寛の書」に似ても似つかず全く別の作品になると感じるのだがどうだろうか。



「創立70周年記念役員作家巡回展併設北関東総局展」で西林乗宣先生が、うちの社中ではお弟子さんが「すき勝手に書いている」と述べていた。

もう30年以上前に師承の横堀艸風先生のところに作品を持って行くと、先生の作品と似ていない作品を全て選んでいた。

心に中で「それ失敗なんですけど」と叫ぶのだが、実は旨く書けたと思う作品はゴミ箱行きかどこかに仕舞ったが未だに陽の目を見ていない。

それで今は作品構成や雅印の位置等も教えてしまっているのだが、これも実は「よくない」と思っている。


今まで述べているように作品が画一化するからである。



そうかといって「柊雲理論」の「作品構成」というのは、他人の作品を批評するときには大いに役に立つから面白いものである。


サイバーリンク PowerDVD 17 サイバーリンク

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2017年6月 8日 (木)

「学童保育」や「無料学習塾」は貧困化のサイクル??

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読売新聞に「安心の子育て 学童保育」と言う記事が「くらし」欄に連載されている。

この学童保育というのは、どこかで聞きかじったかもしれないが経験したことはない。

今調べてみたら法制化されていて、「放課後児童支援員」と言う専門資格が2015年に新設されていた。

言われてみれば昔の新聞記事に小学校が終わってからそのまま居残って、近所の年寄りに見てもらうというのがあったような気がする。

自分の子供ではどうだったかと記憶をたぐってみても、そういう学童保育ということは思い当たらない。

この保育園の延長のようなものは、保育園と同じで「スタッフ不足、低賃金が原因」とあった。

「解説」で「足りぬ保育士 争奪戦」と言う記事があって同じ構図である。

地方紙では、「学びのカタチ」の特集で学童保育ではなく放課後の学習塾「無料指導・学ぶ権利 誰にでも」という変な記事があった。

こちらは「格差と機会」の項目なので「学童保育」とは違った視点である。

こちらの無料学習塾は、ボランティアで会場も一定せず次に「資金 人材確保に課題」とあって「無料」という限界が出現している。

連載後半、学習塾になり月額5万円以上の学習塾などの出費、最終的に就学前の幼児教育になってしまうのでなんだか分からない。

このように学童保育のような話が、無料の学習塾から最終的に高額な学習塾に変わってしまうのは妙な話である。

無意味な正論を言えば、「学習塾ではなく学校でもっと良く教えるべきだ」というのがある。

実際大昔はそうだったし、家に帰ってきて教科書をよく読めば参考書を買わなくてもみんな分かった。

親に教えてもらえた?

親は戦前教育だったから全くと言って役に立たなかったのがその昔である。









その後のゆとり教育で、教科書は薄くなって教科書だけでは全く分からない。

実のところと言えば、中学受験をするのでなければ塾も必要なかったし、うちの子供も小学生時代は普通の塾に入っていない。





ところが、週刊誌誌上ではお受験という「小、中学校受験」というのがある。

この場合は「学童保育」とは真逆で、親は付ききりで塾の送り迎え自宅での予習復習に費やす。

以前に中学受験で灘校、麻布、開成など何校も受験するドキュメンタリーがあった。

その親の頑張りというのは異常としか思えないが、うちの子だったら多分燃え尽きて駄目だっろうと思うくらいである。

この子供たちが将来東大などに入って官僚になったり、大企業の役員になったりして今の文部科学省の役人になったり末恐ろしい。




いずれにせよ地方紙で「格差と機会」なんて述べているが、「学童保育」や「無料学習塾」と言う時点で既に格差が付いている。

こんなことを書いている地方紙の記者だって、「格差を体現している」みんな「早稲田大学出身」だろうと突っ込むのは置くとして何となく変だ。

何か「学童保育」や「無料学習塾」は、学歴という一生どこかについて回るブランドとは異質な気がする。

エスカレーター式に有名大学に入れるところだと、「小、中学校受験」で半分終わる。

難関だった中高一貫校に入学しても、地域の偏差値70の高校に入学してもある一定の割合で必ず落ちこぼれがある。


この中学受験を経験したりして、最終的に義務教育と高校の集大成として大学受験がある。


だからここで上手く志望の有名大学には入れるとは限らないのが現実。

こういう大学受験までの12年間どういうふうに子供と接してゆけば良いのかというのか親の務めだが、結果はどう帰ってくるのか分からない。



ちょっと話題が逸れたが、子供が小さいときは子供に手を掛ければ必ず成果があると思っていたことがある。

これは半分正解であった。


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Pd15_2017_06_12_01

Pd15_2017_06_12_02


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2017年6月 4日 (日)

書論・「書は人なり」

61


昔から「書は人なり」と言う言葉がある。
これが「書き手の人格の反映」とされるのは鎌倉時代からだという。
しかし、最近では手書き文字というのは自分の住所と名前ぐらいしか書かなくなった。
書道展での記名では、銀座でやる展覧会などでは姓号しか書かない。
その理由は何なのか分からないが、そんなところに記名する書家は名前だけ見れば分かるというのかもしれない。
特に最近は、個人情報にうるさくなっているから毎日書道展で公募入選は名前だけである。

実のところ自分の住所が書きにくく、住所を書かなくても良いというのなら大助かりである。
それで「ちょいと」目立つようなサインをしてくる。
但し、関口虚想先生みたいに、二行にわたってサインするほどの度胸はない。

こんなふうに自分の名前しか書かなくなっているから、今鎌倉時代からの「書は人なり」ということはないようだ。

一応書家と名乗っていれば、そこそこの文字は書くから平安時代に見られる「プロのお仕事」で、「書は人なり」とは言えない。

その「書は人なり」も書道家だと展覧会で作品を発表する為に非常に良く表すことも多い。
「日展」だと「カーボンコピー」なので判らないではないかと突っ込みが入るが、日展作家でも社中展、グループ展では個性的な作品を書く。
毎日書道展系は、全て個人の創作なのでこういう個性や「書き手の人格の反映」というのは良く出ることがある。
良くあるというのは、ワザと判らないようにする場合もあると言うことで、この辺書道家はプロなので数々かき分けることができる。
そんなかき分けがどの様にできるのかというと、他人の「書風」をまねて創作してしまうことである。
オリジナルではないからデザイン性としては優れているが、「空虚」で心が入っていない。

これだと幾らでも本心を隠せるが、見ている方からだと「模倣しかできないのか」と思われてしまう。

そこまで極端ではないとしても、師承の作風をまねて書いていれば似たようなものである。
それでその師承の作風を脱したところに本当の創作作品ができるのだが難しい。


62

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-LX100
撮影日時: 2017-06-04 15:23:44 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 10.9mm (35mm 換算焦点距離: 24mm)
絞り値: ƒ/4.5
露出時間: 0.0080 秒 (1/125)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

その「書は人なり」だか、実際はその人の体型や顔かたちも反映することが多い。

先日、毎日書道展事務局役員懇親会で逢った鳥取の名越蒼竹先生、競書の手本を書いてみていつの日か「自分の文字は細い」と感じたそうだ。
それで気をつけて太くしようとするものの中々上手く行かないという。
そんな話を聞いて身体を見てみれば、細身の高身長の大男で顔も結構尖った顔をしている。


名越先生の手本をみて、なるほどそうだと合点が行く。

大先生の話で恐縮だが、故今井凌雪先生は、NHKの書道講座を担当されて(NHK趣味講座 書道に親しむ)その臨書などとてもすばらしいと誰でも感じる。
そして、今井凌雪先生が好きなのは「良寛の書」だといい良寛ふうの作品を書いていた。(NHK)

しかし、乞食坊主で自閉症、夢も希望もない良寛とは余りに境遇が違い過ぎて、何となく良寛的な悲壮感や絶望感がでないのではないかと感じたことがある。
但し、「(NHK趣味講座」しか見ていないので本当のことは判らない。

この「書は体を表す」の方が、結構しっくりすることがあって細い人は、細い文字を書くし「丸っこい」ひとは、同じく「丸っこい」か優しい文字を書く。

そうかといって、大字書や前衛書は全く当てはまらない。


詳しくはこちらを参照 icon

2017_6_21

2017_6_22


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2017年6月 1日 (木)

書論・公募展・前衛書を書くためには?

12


書にはお勉強のための書写という「書」がある。

ここで「芸術としての書、創作の書」を「書道」として、他を「書写」と定義しておく。

世間一般には、この「書道」と「書写」の区別がほとんど付いていない。

書写とは、文字そのもので教科書にある手本をそのまま写す。

高校生ぐらいになると少し高度になって、古典の臨書、特に楷書などを書いたりする。

それが「書道」になると一転して「創作書道」になる。

ここでの高校の臨書から「創作書道」の過程は飛躍していて繋がらない。

特に毎日書道展などの公募展に出品すると間違いなく落選になる。

臨書というのは、西林乗宣先生が言われるように人によって「解釈」が違って異論が多くあるという。

もし臨書なら、創作的な臨書というのが良いとは言われるが公募展には適さない。
それで公募展だから直ぐに創作で書けと言われても誰も書けるものではない。
そう言う場合の初心者は、先生が一生懸命手本を書いてくれてそれを書き写す。
これもいわば書写のようなものだが、問題は正解がないと言うことである。

ある先生が師承の横堀艸風先生に条幅の手本(漢字)を書いて貰って、そのままを写して持っていったら全文朱墨で真っ赤になったのを見たことがある。
それで次に直して貰った通りに書いていったら、また全く同じ。
結局、自分で考えて書いて持っていったらそのまま通ったと言う話がある。

それで伝統書なら手本があるから良いが、前衛書だったらどうすべきか。

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前衛書を書くためには
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前衛書を書いてきた作品を見るとほとんど例外なく黒い線で何やら読めない文字を書いてくるか、淡墨でよれよれの線を引いてくるかである。

もともと開祖の横堀艸風先生の作品も知らない世代なので、横堀風のみじんもない。

前衛書は、半紙に書くわけではないから紙面をそれなりに埋めなければならない。

それで、淡墨や濃墨で線を引くというのがどう言うことなのかと言うことが分かっていない。

書を習い始めた頃は、楷書から始めた筈である。

それで楷書の条幅作品を書いたのかと言えば、定かでない。

それをいきなり行草体で条幅作品を手本なしに書いて、上手くかけるわけがない。
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そんなことをやっているのが、内の社中の県展公募レベルの「前衛書を書いてくる人たちの多く」である。

書というのは、古代中国からの成り立ちで、国家の公式文書や永久に残したい碑文は全て楷書で書かれている。

何時の頃か、行草体が先で最後に楷書体が作られたという誤った話が伝わったことがある。
しかし、その「楷書体がなかった筈の時代」、その頃の碑文に楷書体があるからその説は論破されている。

行草体というのは、手紙などの私文書である。

私文書であるから多少崩れていることもあって、それが芸術性で楷書体よりも増してくる。


それで現代中国の書を見ると、書は教養であって芸術ではない。
従って、多くの文字を書く方がより勉強をしているから評価が高いという。
しかし、現代中国というのは100年も経っていない。
その前の清朝はどうかと言えば、「女真族」の一派満洲族による征服王朝で、満洲語を第一公用語にした。
第二公用語は、元王朝からの共通言語のモンゴル語である。
こういう時代を経てしまっているためにモンゴルの征服王朝である元王朝(公用語、モンゴル語)以前で漢字の文化がある程度止まってしまっている。
こういうローカルな文字となってしまった漢字と言うのが真実である。


いずれにせよ「行草体の条幅作品」なら、そう言う文体の強弱という日本こらいの伝統が入り込んでくる。

それならその法則に従う必要がある。

それが出来なければ、楷書の条幅作品というもともとの基本に戻れば良いのである。

楷書の条幅作品なら紙全体に書かれる。

紙全体に隙間なく前衛書としての墨を入れて行けば良いわけで、毎日展ではそう言う作品もある。

要するに前衛書は、紙全体に黒く墨を塗りたくるというのが基本である。
その上に立って、余白や線などを使っての「行草体の条幅作品に通じる」作品になる。

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振り返って、横堀艸風先生はどんな作品を書いていたか。
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比喩でいうと「どこにもいない青い鳥」である。

艸風先生の作品は、懐に「青い鳥」がいて、それをパッと放してその姿を写し取るというもの。
その青い鳥は見る間に飛び出すものの、一瞬で消えて見れば元に戻っている。

それで艸風先生の弟子の作品はどうか?

残念ながら「青い鳥」はいない。

だから作品の中にも当然「青い鳥」はいないで、時として籠だけが残る。

止まり木なんか書いても仕方がない。

正に空虚である。

筆者小生はどうかと言えば、同じように「青い鳥」なんか飼っていない。

飼っていないから、飛ばしようがないので、背中にいる自分の分身をひょいと放り投げて何とか描く。

しかし、最近その分身も毒を食らって体重が増して重くなったから、「ひょいと放り投げた」と思ったら足下にドサリと落ちたりする。

要するに最近は、落ちた「分身」を何度も投げる仕草をするものだからろくな作品は書けない。


さて、ここのところの「青い鳥」とは何かと言えば「作者の心」である。

書は作者の心の反映、投影がなされていないものは、どんなにデザインがよくても駄作である。

この心が入るというのは難しいもので、師承の作品そのままに優れた書を書いても「心」は当然入らない。

古い自分の作品を顧みると、30歳代、40歳代の作品は「早く空に飛び出したい」心境を表していたし、50歳代は「空虚な世界を冷静な第3者の目で見下ろす」だった。

そして、60歳代は「もういっぺん飛び出そうとしたら、躓いて足下に落下」または「力不足で飛び出せなかった」というふうに見える

前衛書というのは、実に難しいものである。


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2017_6_22


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